巡り巡りて巡るとき
07
「最近、ブリタニア人が増えてきたね」
夕食の席でスザクはそう言ってみる。
「そんなにですか?」
神楽耶が即座に聞き返してきた。
「結構見るよ。今日も道を聞かれたし……」
スザクは言葉を返す。
「まぁ、あっちにうまく伝わったかどうかは知らないけど」
自分のブリタニア語は初心者レベルだし、とそう続ける。
「ですからもっとまじめにお勉強なさればよろしいのです」
「父さんが『必要ない』っていってたんだから仕方がないだろう」
学習したくても邪魔されたのだ、と言外に告げた。
「でも、学校で習ってたから良かったよ」
本当に、そうでなければいいわけもできなかったかもしれない。
「……ゲンブにも困ったものだの」
桐原がこう言ってため息をつく。
「己の感情だけで我が子の可能性をつぶしてどうするのか」
さらに彼はそう続けた。
「さすがに学校で習う分には文句は言われなかったけど」
スザクは料理に箸を延ばしながらそう言う。
「当たり前じゃ! それすらも邪魔するようであれば議員の座を辞させておる」
学校で学ぶ内容に関しては全国一律だ。そこに個人の好悪は関係ない。いや、それを加えてはいけないのだ、と彼は続けた。
「いつどこで必要になるか、わからんのだからな」
「そうですね。実際、今日、役に立ったし」
スザクはそう言ってうなずく。
「いざとなれば引っ張っていくという手段もあったけどな」
さすがにそれはいろいろな意味で避けたい、と続ける。
「……まぁ、今日のところは成功したと言うことにして差し上げましょう」
神楽耶が恩着せがましくこう言ってきた。だが、スザクはそれをきれいに無視する。
「やっぱ、お后様達が来るからかな?」
代わりに疑問を口にした。
「そうであろうな。お前が会ったと言う相手も、この街の状況を調べていたのかもしれん」
ミレイだからその可能性は低いのではないか。仮にも彼女は伯爵家の令嬢だ。現状では使い捨てにはされないはず。
「……俺とそう変わらない年齢でしたけど……」
桐原の言葉にとりあえずそう言っておく。
「それとも、ブリタニアではあんな年齢の子どもも軍にいるのでしょうか」
可能性としては十分あり得ることを既に知っている。それでも知らない振りをして言葉を綴った。
「いくら儂でもそこまではわからぬな。だが、ない話ではないだろう」
桐原はそう言って渋面を作る。
「少し調べさせるか」
そのままこうつぶやいたのが聞こえた。
「とりあえず、神楽耶は一人で街に降りるなよ?」
だが、今は聞こえなかったことにしておくべきだろう。
「お従兄様だけずるいですわ」
神楽耶がいつものセリフを口にする。
「立場が違うんだから仕方がないだろう」
ため息交じりにスザクはそう言い返す。
「俺にはこれから兄弟ができるかもしれないけど、神楽耶には無理なんだから」
「わかっていますわ。わたくしには皇の血を時代につなげる義務があると」
しかし、と彼女は続ける。
「それでも、たまにはふらりと街に降りて買い物をしてみたいです」
神楽耶にしても学校の友人達はいるだろうからその気持ちはわからなくはない。
「桐原のじいさんに頼め」
護衛を増やすのはともかくとして質を上げればいいだけのことではないか。
あるいは、不審者が神楽耶に近づけないような体制を整えるかだ。
その気になればスザクにはどちらも整えることは可能だ。しかし、それを実行する気はない。今のスザクにそんな才能はなかったからだ。
「女性の護衛をつけてもらえば、お前の友達も怖がらないんじゃないか?」
それでもこの年でもう《皇》の当主でなければいけない彼女に少しぐらい見方をしてもいいのではないか。そう考えてこう言う。
「ここに住んでいるのに『何も知らない』って今度来る連中に知られたら、あきれられるかもしれないだろうしさ」
このセリフには桐原もなにか考えるところがあったのか。
「考えておこう」
そう言ってうなずいて見せた。
「それよりも料理が冷める」
食事の続きを、と彼は促す。それにスザクも神楽耶も素直に従う。
「お従兄様」
だが、すぐに神楽耶は手を止めると声をかけてきた。
「何だ?」
「午後、買い物に付き合ってくださいませ」
「なんで? 他の誰かの方がいいだろ」
とてもじゃないが、神楽耶の買い物になんて付き合えるか。ただでさえ長いのに、今日は間違いなく嫌がらせでさらに長くするに決まっている。
「だめですわ。お従兄様の浴衣も一緒にあつらえるんですもの」
それに、と彼女は続けた。
「お祭りの時の衣装も直してもらわないといけません」
確かに、今のままではサイズが合わない。それはわかっているが、神楽耶とだけは一緒に行きたくないのだ。
「俺は勝手に行くから」
「だめです。一緒に行かなければお従兄様が何を選ぶか確認できません」
自分が見て納得できるものでなければ、と神楽耶は続ける。
「スザク」
そんな彼の耳に桐原の声が届いた。
「なんですか?」
「あきらめろ」
端的な言葉が逆に自分の振りを教えてくれる。
「面倒くさいのに」
そう言うしかないスザクだった。
16.03.20 up