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巡り巡りて巡るとき

08


 延々と柄選びを付き合わされた浴衣ができあがってきた翌日、とうとうブリタニアの皇妃一行が日本へとやってきた。
 もっとも、自分たちが出迎えるのはこちらに来てからでいいらしい。
「……来たのか」
 誰かがつけたのだろう。テレビのニュースでそのことが取り上げられている。
 もっとも、彼等の姿までは映し出されていない。
 おそらく、それはブリタニア側からの要請だったのではないか、とスザクは推測していた。
 顔がばれれば狙われる確率が高くなる。
 もっとも、彼等が記憶の中のままの姿であれば別の意味で目立つのだろうが。
「それに関しては、あちら側が対策をとっているのかな?」
 皇妃がいるからそれなりの人員は割かれているはず。少なくともあの皇帝は彼女をそれなりに大切にしていたようだし、とそう付け加える。
 ただ、不安があるとすればあの馬鹿みたいに強かったらしい皇妃がけがをしていると言うことだろう。
 いくら何でもけが人は戦えないのではないか。
 しかし、とスザクはため息をつく。
「あの話を聞いているとなぁ」
 片腕が使えない状況で二桁の騎士を切り捨てたという逸話を耳にしてからというもの、彼女は人間ではないのではと考えていた。
 もっともそう口にしたらあの魔女に『自分のことを棚に上げて』と言われたが。しかし、スザクにしてみれば自分ができることをできる人間が他にもいたのだから、まだまだだという気持ちもあった。
 と言うことは置いておいて、だ。
「それでも、ここで彼等に何かあれば、あちらに口実を与えることになるよな」
 それなりの対策をとっておくべきだろう。それはわかっているが、自分は実際に実行に移すための方法は持っていない。
 それがあればどれだけ楽だろう。
 しかし、だ。
 自分が『異質である』と周囲に知られるわけにはいかない。それもよくわかっている。
「……やっぱり、桐原のじいさんを巻き込むか」
 そのために何かいい口実はないだろうか。そんなことを考えながら皇の別邸への道をだらだらと歩いて行く。
 だが、すぐにその足を止める。
「そこにいるやつ。うざいから顔出してよ」
 そして、ため息と共にそう告げた。どうせ、どこかの馬鹿が脅しに来たのだろう。そう判断をしてさりげなくボイスレコーダーのスイッチを入れる。これは桐原の指示によるものだ。
「ずいぶん偉そうなのね」
 姿を見せたのは予想に反して三十代前半と思える女性だ。
「こそこそしている方が悪いんだろう」
 即座にそう言い返す。
「俺に用があるなら、ちゃんと事前にアポとってから来ればいいじゃないか」
 それに、と続ける。
「物陰からじろじろ見られて喜ぶ人間なんて、普通いないだろう?」
 まして知らない相手に、と言葉を重ねた。
「私を知らない?」
「全然」
 誰だよ、と平然と言い返す。
 もちろん、だいたいの想像はついていた。澤崎あたりが見つけてきたゲンブの再婚相手候補だろう。
「夏休みに入ってから、父さんの顔見てないし、連絡も来てないけど?」
 それがなんかしたのか、と付け加えた。
「で、あんた誰?」
 さらにそう続ける。
「あぁ、父さんの再婚相手というなら、覚える気ないから」
 もう二桁来ている、と笑う。
「俺にそう宣言した時点で桐原のじいさんに追い出される」
「なっ!」
「当然だろう。母さんは皇の人間だった。その後釜に座ろうというなら最低限、六家の人間でなければならない。それが六家の総意だ」
 間違っても他の国の手垢がついていてはいけない。
「……ゲンブ様はそのようなことはおっしゃいませんでしたわ」
「父さんは枢木の当主だけど六家の人間じゃないから」
 彼は枢木の分家の人間だ。と言っても、前当主の弟の子どもだが、とスザクは続ける。
「おじいさまが皇の姫と結婚して生まれたのが母さん。だから、本来であれば当主なのは母さんだったんだよな」
 六家に名を連ねているのはだから自分だ。もっとも、まだ成人もしていないから後見である桐原があれこれと取り仕切ってくれている。
「そんなの、聞いてないわよ」
 女がそう言ってにらみつけてきた。
 俺も今回初めて知ったんだけど、とスザクは心の中でつぶやいた。これも今までとは違う。何かのフラグなのだろうか、と聞いた瞬間に考えたことも否定しない。
「忘れてるだけか、興味がないかのどっちかだろう」
 あるいは自分が成人するまでは自由にできると思っているのか。
「どちらにしろ、あんたと再婚するなら、父さんは完全に六家との縁は切れるな。最悪、枢木ですらなくなるから」
 それでもいいなら好きにすれば、と言い捨てる。
「それと、万が一俺が死んだら、枢木の跡継ぎは父さんの子じゃなくて神楽耶の子になるからな」  これだけは宣言しておかないとまずいだろう。そう思って言葉を投げつける。
 スザクの言葉が予想外だったのか。女はそのままそこに固まっていた。それをいいことに、さっさとその場を後にする。
「全く。予想外に時間をとられたな」
 また神楽耶に文句を言われるのか。そう考えればげんなりとしてしまう。
「まぁ、今回のことの責任は、ちゃんと父さんにとってもらおう」
 桐原に言えば適切な対処をとってくれるはずだ。ついでに彼等の護衛についても付け加えていけばいいか。
 しかし、これ以上厄介ごとに捕まるのはまずい。
 そう考えて駆け出す。
 本気で走ったからだろうか。厄介ごとはもちろん、なんとか約束の時間までに家に帰り着いた。
 その事実に気を抜いたのがまずかったのだろうか。
「何をしてこられたのですか?」
 神楽耶のあきれたような声が飛んできた。
「父さんの再婚相手とやらに邪魔されただけだよ」
 かくしておいても仕方がないと判断をしてこう告げる。
「俺を蹴落として自分の子どもが《枢木の後継》だと宣言しにきたんじゃね?」
 子どもができているのかどうかは知らないが、と続けた。
「馬鹿ですの?」
「父さんが教えてなかったんだろう」
「あきれますわね」
「全くだ」
 何を考えているのか。自分の父ながらわからない。そうつぶやくとスザクはため息をつく。
「ともかく、汗を拭いてくださいませ」
 神楽耶がそう言うと同時に視線を脇に流す。そこにいた女中が心得たとばかりにスザクにタオルを差し出してきた。
 それを受け取ったときだ。
「師匠?」
「……藤堂、何かありましたか?」
 姿を見せた彼に向かってそう問いかける。
 いや、彼だけではない。彼の部下達もまた周囲を警戒するような態勢で通路の両脇を固めている。
「桐原公がお客人を案内しておいでだ」
 二人の問いに彼は答えをくれた。
「予定が少し早まったと言っておられたな」
 その言葉に視線を階段の方へと向ける。そうすれば桐原の後をついてくる黒髪の女性とその両脇を歩く二つの小さな影が確認できた。



16.04.03 up
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