巡り巡りて巡るとき
10
ルルーシュ達は新築された離れでの生活を始めたようだ。そのせいか、あまり接触することはない。
これでは親しくなれないのではないか。
「だからといって押しかけるのもなぁ」
何の理由もないのにどんなことをすればただの不審者ではないか。
しかし、なんとしても彼等──ルルーシュと仲良くなら蹴れば行けないような気がしているのだ。
「あの頃の方が楽だったな」
なにも考えずにぐいぐいと相手の懐に入って行けた。しかし、今はどうしてもためらってしまう。
それは間違いなく今までの記憶のせいだ。
何度も繰り返し見たルルーシュの最後。
そして、ユーフェミアやナナリーの涙。
それらが今の自分を行動を縛り付けているのだろう。
わかっていてもなんとかしなければいけない。それも事実だ。
事実だが、今の自分では打てる手が見つからない。
「八方ふさがりだよな」
小さなため息と共にそうつぶやく。
それでも打開のための糸口はあるはずだ。ただ、自分がそれを見つけられていないだけで、とスザクはつぶやく。
「やっぱ、こんなところであれこれと考えているのがだめなんだよな」
自分にデスクワークはあわない。それは《ゼロ》だった時代からよくわかっていた。
「と言うことで、久々に裏山にでも行くか」
今の時期ならば何があるだろうか。さすがに山菜は終わっているよな、とそうつぶやく。かといってキノコには早いだろうし。
「行ってみれば何か見つかるか」
別に本気で食べたいわけではない。ただ気分転換が質だけなのだし、と割り切ることにした。
そのまま手早く準備を整える。と言ってもたいしたことはない。長袖長ズボンに着替えてロープと小刀、それにマッチなど山登り用品を入れたウエストバッグを身につけるだけだ。
「……花ぐらいなら咲いているかなぁ」
ふっと思い立ってそうつぶやく。
それを渡すという名目で声をかけられないだろうか。そんなことも考える。
ナナリーは花が好きだったし、とそう続けた。今はどうかはわからないが、女の子は花が好きな子が多いしと少なくとも嫌いと言うことはないだろう。
だめならば神楽耶にでも押しつければいい。
「うん、そうしよう」
そう考えると、早速準備を始める。
出来るだけ肌を出さない服装と、いつも裏山に持っていくナイフやらロープなどサバイバルセットが入ったウエストバッグを身につける。
なれているとは言え、何があるかわからないからな。準備だけは過剰なまでにしておけ、と言うのが藤堂の教えなのだ。もっとも、言われなくても過去の記憶から十分身についているつもりだ。
そういえば、ここ数日、道場でも藤堂の姿を見ていない。稽古をつけているのは朝比奈だ。
やっぱり、今回のことが関係しているのだろうか。
なんだかんだ言って、彼は桐原の子飼いだ。
上官からの指示だと言われても、実は桐原の命令だと言うことは多々あった。今回もそうかもしれない。
それが彼等の監視だとするならば、日本側に彼等を危険視する者達がいると言うことだ。
しかし、下手を打てばブリタニアが攻めてくる。それが理解できていればいいのだが。
もちろん、それはルルーシュ達もわかっているはずだ。
そのあたりのことはマリアンヌが注意してくれるのではないか。あの様子なら、少なくとも彼等を危険にさらすことはなさそうだしと思う。それとも、自分がそう信じたいだけなのか。
そんなことを考えながらも、山登り用の底の厚い靴を履き玄関から出る。
「ちょっと裏山でトレーニングしてくるから」
ちょうど外の掃除をしていた本宅の使用人にそう声をかけた。相手もなれているのか「お気をつけて」とお義理で口にする。それを聞きながら裏山の方へとかけだした。
しかし、これが一つの契機になるとは思ってもみなかった。
裏山の中にちょっとした広場がある。木がそこだけ生えていない代わりに季節の花があれこれと咲いている自然の花畑だ。
ただ、そこに行くにはちょっと遠回りをしなければいけない。最短距離を行こうとすれば崖から落ちかねないのだ。
地元の人間はそれを知っているし、そもそもここは《皇》と《枢木》が微妙に入り交じりながら所有している場所だ。うかつに入ってくるものはいない。せいぜい、事前に許可を得て安全とわかっている場所で子ども達が肝試しをするぐらいだろう。あるいは麓の方で遊び回るぐらいか。
それなのに、どうして子どもの声がするのだろう。スザクは目をすがめながらそんなことを考える。
「誰かの親戚の子が知らずに迷い込んできたか?」
この街に住んでいるのは昔からの住人ではない。最近引っ越してきた者達の親戚なら、そのあたりのルールが徹底されていない可能性があるし、とスザクはつぶやく。
「確認しないとな」
もっと厄介なお客でなければいいのだが。
せっかく気分転換に来たのに、とため息をつきながらも声がした方向へと向かう。
「面倒くさい」
そうつぶやいたとしても誰も何も言わないのではないか。こんなことすら考えてしまうのは自分に余裕がないからだと言うこともわかっている。
「いっそ、季節外れの猫の声だといいんだけどな」
あり得ないとわかっている言葉を口にしたのも、なんとか冷静さを取り戻そうとしてのことだ。
やはり、外見に精神が引きずられているな。スザクは自分の今の状況を冷静に分析する。
これがまずい方向に向かわなければいいのだが、とそう続けたときだ。花畑を望める場所に出た。
しかし、少し行けば下生えのせいでわかりにくいがちょっとした崖がある。知らない人間が何人も落ちている場所でもあるのだ。
「……やっぱり、ここから落ちたか」
下草が変につぶれている。
「やっぱりか」
いったいどんなやつだろう。そう思いながらスザクは崖の下をのぞき込む。そうすれば、自分と同じくらいの子どもの姿が確認できた。
「まさか……」
相手がうつむいているために顔をはっきりと見ることは出来ない。だが、その体格に見覚えがある。
「ルルーシュ?」
彼であればここのことを知らないというのも納得できた。
同時に怒りを覚える。
一言声をかけてくれれば安全な道を教えたものを。それとも、そうしたくないくらい日本側に不審を抱いているのか。
それはどうしてなのかと問い詰めたい。
だが、今はそれよりも優先すべきことがある。そう判断をして、スザクは彼の元に向かうことにした。
一刻も惜しいから、と崖を飛び降りることにする。もちろん、普段は絶対にやらないことだ。
「大丈夫か?」
そう声をかければルルーシュが驚いたように視線を向けてくる。スザクはそんな彼に笑いかけた。
16.05.01 up