巡り巡りて巡るとき
13
桐原の許可はあっさりと出た。
ただ──予想通りというべきか──神楽耶まで押しつけられることになってしまったが。
「どうせなら車でもっと遠くまで行けばよろしいのに」
スザクの隣を歩きながら神楽耶がそうぼやく。
「もっときれいな場所を案内して差し上げるべきでしょう?」
「それだと散歩にならないだろう」
体力作りも兼ねているのだ、とスザクはため息交じりに付け加える。
「お前も少しは自分の足で歩かないと、将来ぷにぷにになるぞ」
そして、からかうようにそう言った。
「ぷにぷにになんてなりません!」
叫ぶように神楽耶は言い返してくる。
「どうかな。刑部の刀自様もそうおっしゃっていたけど、今はあぁじゃん」
最初にあった頃は割とほっそりとしていた。しかし、今は……と言いかけて言葉を飲み込む。それでも神楽耶にも何を言いたいのかはわかったのだろう。
「あの方は……ちょっと自制心が足りなかったようですわね」
それに関しては彼女も否定できなかったのか。視線をさまよわせつつそう答える。
「ですが、わたくしは違います」
「違わないよ。大きくなれば代謝が衰えてくるんだって。子どもの頃から運動する癖をつけておかないと、いずれは太るって言ってたよ、朝比奈さんが」
もっとも、これは別の状況で彼が言っていたセリフだ。しかし、彼が言ったのは事実だからかまわないだろう。
「それに、車に乗っていると見えないものもたくさんあるしな」
言葉と共にスザクは道の脇に生えていた花を手折る。
「ほら」
そのまま神楽耶に差し出した。
「ホタルブクロですわね」
そう言って彼女は微笑む。
「そこに群生がある。知らなかっただろう」
自分の足で歩かなければ見逃してしまうのだ。
「悔しいですが、今回はお従兄様に一理ありますわ」
珍しくも素直に自分の非を認める。
「それで、ホタルブクロ以外の花も咲いていますの?」
どうやら摘んでこいと言うことか。
「見つけたら教えてやる。あぁ、そうだ」
言葉と共にスザクはホタルブクロをもう二本ほど折り取る。
「お従兄様?」
「マリアンヌさんとナナリーに渡してくる。興味があるかどうかわからないけどな」
そう言いながら三人の方へと歩み寄っていく。
「何だ?」
ルルーシュが声をかけてきた。
「ホタルブクロって花。ナナリーとマリアンヌさんに。気に入るかどうかはわからないけど」
そう言いながら手にしていたそれをルルーシュに差し出す。
「そうか」
小さくうなずくとルルーシュはスザクの手からそれらを受け取る。そのまままずはマリアンヌへと差し出した。
「どうしてホタルブクロって言うのかしら?」
白い指先で筒状の花びらをなぞりながらマリアンヌが問いかけてくる。
「確か、昔、その花びらの中に捕まえた蛍を入れて明かり代わりにしたからって聞いたことがあるけど……はっきりとは知らないです」
「それで間違っていませんわ」
神楽耶がそうフォローを入れてくれた。
「しかし、お従兄様がそういうことをご存じだったとは意外ですわ」
「母さんが教えてくれたんだよ。ここはいつもの散歩コースだったし」
体力をつけるための、とスザクは小声で付け加える。
「……おばさまならば納得ですわ」
一瞬ためらった後、神楽耶はそう言ってうなずいた。
「あの方は博識でいらしましたもの」
そしてこう付け加える。
「お母様はもちろん、お父様ですら一目置いておられましたわ」
「そうだね」
確かに母はそう言う人だった。だから、あの父ですら彼女を失いたくないとあれこれあがいていたのだろう。
しかし、それももう彼にとっては過去のことらしい。
「だから、それなりに花のことは知っているって言うだけ。あぁ、もう少し先にはあじさいが咲いているはずだけど?」
「何色ですの?」
「ピンクと赤紫」
「と言うことは土壌がアルカリ性ですの?」
「酸性でなければピンクっぽい色になるってさ」
これは学校で習った、とスザクは素直に続ける。
「そうなのですか?」
ナナリーがそっと口を挟んできた。
「リトマス試験紙ってわかるかな」
「一度、実験したことがあります」
まだ目が見えている頃に、と言われなくてもだいたい想像がつく。
「それと同じ。phでいろがかわるんだよね。丸っとしているから触っても楽しいよ」
今の彼女なら触覚の方が重要だろう。そう考えてスザクは言葉を口にする。
「秋になれば自然とドライフラワーにもなるし。そういった意味じゃ有能だよね」
食べられないけど、とそう続けたのは意味がない。
「お従兄様らしいセリフですわ」
「仕方がないだろう。稽古の後は腹が空くんだよ」
藤堂の稽古は厳しい。しかも、状況によってはフルマラソンに近い事までするのだ。今の自分には結構きつい。
「仕方がないわね。本気で稽古をするならおなかがすくものよ」
マリアンヌがそう言って笑う。
「男の子はそのくらいの方がいいわ」
さらに彼女はそう付け加えた。
「ルルーシュの場合、運動神経を上げられなかったものね。母さんが悪いのかしら。それとも、シャルルに似たのか」
「……僕は不自由していません」
ルルーシュが微かに頬を膨らませながらそう言い返している。
やはり運動神経は変わらないのか。そういえばあっさりと影から落ちてくれていた死と納得する。
ならばそちら方面でも気をつけないといけないか。スザクは脳裏にそうメモをした。
16.07.10 up