巡り巡りて巡るとき
21
襲撃犯はどうやら日本人ではなかったらしい。しかも、目的が自分だけではなく神楽耶や──あわよくば──ナナリーもと聞いた瞬間、怒りよりも先にあきれたくなった。
「あのくそオヤジは、どこまで日本を中華連邦に売り払う気だよ」
そうなればこの国はたちまち属領扱いされるだろうに。それもわからなくなったのかと口の中だけでぼやく。
「それとも、どこかのバカに乗せられただけか?」
あるいはそいつが勝手に目標を変えさせたのかもしれない。
いずれにせよ、ゲンブの監督責任は問われるはずだ。
「……終わったな」
政治家としては、とつぶやく。
もちろん、彼が引退するわけではない。ただ、彼自身の意見を口に出すことが出来なくなるだけだ。
六家──桐原の腹話術の人形になる。彼自身の意思は完全に封殺されると言うことだ。それは政治家としての存在意義を失うと言うことと同義だとスザクは知っている。
しかし、それは彼の自業自得だ。
「六家の影響を排除しようとした結果がこれだよ、父さん」
もっと話しあえば良かったのだ。そうすれば、別の方法も見つかったのではないか。いや、そうに決まっている。
だが、彼は自分の感情を捨てきれなかった。
国益よりも己の憎悪を優先したのだ。その時点で政治を担うものとしての資質を疑われて当然ではないかとも思う。
その結果がこれなのだとすれば、周囲の怒りを買うのは当然だ。
「ともかく、こいつらのことは桐原のじいさんに任せればいいか」
あれこれといたずらは出来たが、それ以上のことは《子ども》である自分は関われない。でも、とスザクは思う。
「変態に対する報復ぐらいはいいかなぁ」
特に幼い女の子だけではなく男の子にも欲情する変態は駆逐するべきだろう。
「そう思いませんか?」
言葉とともに視線を後ろに移動する。
「否定はしねぇが、尋問が出来なくなるのは困るからなぁ」
そう言いながら姿を見せたのは卜部だ。
「残念。俺だけならばともかく、神楽耶とルルーシュとナナリーのことまであれこれ言ってくれたから報復したかったのに」
スザクは自分がこの男に対して怒りを感じると自覚していた。。
しかし、自分はこの男のいったいどのセリフで怒りを感じたのだろうか。
それがよくわからない。
わからないから八つ当たりをしたかったのに、とため息をつく。
「安心しろ。千葉に任せれば徹底的に折ってくれる」
いろいろなものを、と卜部は口にする。
「オコサマがあれこれと手を汚すことはない……まだな」
その言葉は本心からスザクを心配しているようだ。
「……はい」
父が与えてくれなかったものを他人である彼等は惜しみなく与えてくれる。それが伝わってくるから、スザクはしぶしぶながらもうなずいて見せた。
「お前にはほとほとあきれたわ」
桐原が吐き捨ているように言葉を口にする。
「まさか息子まで己の主張のために切り捨てるとはな」
「そんなことは!」
「許可していない、か。だが、あれらはそう思っていなかったようだぞ」
神楽耶とナナリーは中華連邦の有力者の嫁に。スザクとルルーシュはそちらの趣味のものへ下げ渡す予定だった。そう言っていた。
「私はそのようなことは聞いていない!」
「聞いていようがいまいが、お前の行動があれらを危険にさらしたのは事実であろう」
スザクが事前に気付いていなければ、間違いなく連中の奇襲は成功していただろう、と桐原は続けた。
「事前に気付いていた? どういうことです? あれとは最近顔を合わせていませんが」
「お前の情婦があれにちょっかいをかけてきたそうだ。その時に無意識かどうかは知らんが、それらしいことを口走っていたらしいぞ」
女の趣味も悪くなったものだ、と付け加えられては返す言葉もない。確かにあの女であればそのくらいの失態はやらかしそうだ。
「だからといって、万が一を考えてとはいえ、強力なトラップを仕掛けるあの子も困ったものよ」
口ではそう言うものの、桐原は満足そうな笑みを浮かべている。
「神楽耶との血があれだけ近くなければ、無条件で婚約させるのだが……いとこと言うよりも兄妹と言っていいくらい近いからな、あれらは」
そう思ってゲンブを婿に迎えたが、それでも長年の婚姻関係を完全に打ち消すことは難しかった。ゲンブの母が桐原の縁戚だったのも理由の一つだろう。
やはり次世代の者達の婚姻相手は六家以外から探す必要があるな、と桐原がつぶやいている。
「もっとも、スザクの婚姻相手探しにお前は関わらせんが」
と言うより、今後、スザクに関するすべてにゲンブが関わることを禁じる。桐原はそう言い放った。
「私はあれの父親ですよ?」
「自分の主義主張のためならば切り捨てられる程度の情しかないのであろう。今まで放置しておったではないか」
「それは……」
「政治家だからと言う理由は聞かんぞ。お前と同じ条件でも子どもの学校行事にもこまめに参加していたものがおるからな」
まして、ゲンブはスザクに側仕えすらおかなかったではないか。そう言われては反論のしようもない。
「ともかく、お前は枢木本家からは切り離す。こちらが用意した相手と再婚するがよい」
それが政治家を続ける最低限の条件だ。
「……六家のスピーカーになれと?」
「それ以外にお前に手をかける理由はないからの」
嫌ならばそれでもいい。ただし、その場合、六家は『枢木ゲンブ』の後援はしない。その状態でゲンブに投票するものがいるかどうか。それは彼自身がよくわかっていた。
「お前がもう少し賢ければ良かっただけの事よ」
あるいはもっと身を慎むか。その言葉の裏に隠れている意味に気付かないはずはない。
「一週間待つ。ここでじっくりと考えるがいい」
つまり、その間は自分はここから出られないと言うことか。ゲンブは小さなため息をつくしか出来なかった。
その頃、スザクはマリアンヌに呼び出されていた。
「なんですか?」
ニコニコとと微笑んでいる彼女にこう問いかける。
「私たちと一緒にブリタニアに行かない?」
それに彼女は即座に言葉を返してきた。
「……はぁ?」
「ちょっとここを離れた方がいいんじゃないかなぁって思うのよね」
いろいろな意味で、と言われてすぐに思い浮かんだのは父の顔だ。
今頃桐原が最後通牒を突きつけているだろう。彼がどのような結論を出すかはわからない。だが、確かにやけになる可能性もあるのだ。
さすがに、今の状況で父殺しにはなりたくない。穏便に離れられればそれが一番だろう。
だが、目的地が『ブリタニア』と言うのが気に掛かる。
今まではルルーシュに大きな厄災は降りかかっていない。しかし、自分がともに行くことでどうなるかわからないのだ。
「でも……」
「桐原公の許可はもらってあるわ」
「……くそじじい」
勝手に出すな、とため息をつく。
「ルルーシュもナナリーもスザクくんが一緒に来てくれると喜ぶんだけどなぁ」
だから、一緒においで。彼女の言葉には逆らえない迫力がにじんでいた。
「どちらか片方だけが幸せになるのではダメだ。二人そろって幸せにならないとな」
髪を風になびかせながらC.C.はそうつぶやく。
「お前はいつ、そのことに気付くだろうな」
彼女の言葉を耳にするものは誰もいなかった。
16.11.13 up