巡り巡りて巡るとき
22
結局、あのままスザクは日本を離れブリタニアに留学することになった。桐原と神楽耶がそうするように力説をしたのだ。
「中華連邦がお前を取り込みたがっておるらしいのでなぁ」
桐原のこのセリフがスザクの心を決めるきっかけになったのは否定しない。
それでも、だ。
いくら何でもヴィ家の離宮に引き取られることを是とするとは思っていなかった。きっと、どこかに家を借りてお目付役とともに放り込まれるだろうと予想していた。
だが、ふたを開けたらどうだ。
目の前にあるのは白亜の宮殿である。
「……本当にお城だ」
それこそ、中の間取りも完璧に覚えているくらい通った目の前のそれに、こうつぶやくしか出来ない。
「父上がお住まいの本宮はもっともっと大きくて豪華だぞ」
隣にいたルルーシュがそう言ってくる。
「僕でも良く迷う。もっとも、あちらに行くことはあまりないが」
それは彼がまだ幼いからだろう。
「でも、お父さんと会ってるんだろう?」
「もちろん。こちらに足を運んでくださる。チェスも教えてくださるし」
今のルルーシュにとってシャルルは尊敬すべき父親らしい。それはいいことではないか、とスザクは思う。
「そうなんだ。将棋は出来るけど、チェスはわからないんだよな」
似たようなものだとは言われているが、と続けた。
「将棋が出来るのか。それなら、すぐに覚えられるぞ」
それに、とルルーシュは嬉しそうな表情を作る。
「僕も今、将棋を覚えている最中だから、相手をしてくれると嬉しい」
「そのくらいなら。でも、すぐに勝負にならなくなると思うけどな」
スザクはそう言い返す。
「そうかな?」
「そうだろ」
すぐに過去の定跡なんて言うのも覚えるだろうし、とスザクは言い返す。
「まぁ、それよりもそんなに親しく出来るかどうかわからないけど」
一応自分は日本人で部外者だし、と苦笑を浮かべた。
「大丈夫だ」
だが、ルルーシュは間髪入れずに言い返してくる。
「お前は枢木で皇だからな」
「どういうこと?」
日本人だから警戒されるというのであればまだ納得できるが、とスザクは聞き返す。
「スザクも知っているだろう? ブリタニア皇族と枢木、皇両家は複雑に絡み合う関係にある。それはまだここがブリタニア《帝国》と称されるよりも古い時代からだ」
公言はされていないが、シャルルにも皇の血が流れている。ルルーシュはそう教えてくれた。
「そういうわけだから」
ペンドラゴンの墓地にもこちらで生涯を終えた者達の墓がある。彼はそうも言う。
「その話は聞いたことあるな」
桐原から、とスザクもうなずく。
「でも、詳しいことはあっちには伝わってないんだよな」
皇の姫がこちらに輿入れしたことと皇子と皇女をうんだ事まではわかっている。
いや、それが伝わってきただけでもすごいのではないか。あの頃は電話はなかったから、航路で手紙のやりとりをしていたはず。
片道にどれだけの日数がかかったことか。
しかも、かいてすぐに出せるわけではない。中を確認された可能性だって否定できないだろう。
そう考えればそんなやりとりがあったと残っているだけでもマシなのかな。そう心の中でつぶやく。
「そう言う事なら、後で図書館にある資料を見に行こうか」
ルルーシュが微笑みながら提案をしてきた。
「いいのか?」
「もちろん。母さんも喜んで許可してくれると思う」
むしろ自分で案内すると言いそうだ。それは十分にあり得ると思う。いや、彼女ならさらにあれこれと引っ張り回してくれそうだ。
スザクがこう考えたとき、ようやく二人が乗った車が車寄せにたどり着く。
即座に歩み寄ってきた使用人がドアを開けてくれる。ルルーシュと一緒に降りれば、その場にいた者達が一斉に頭を下げた。
一糸乱れぬその所作に、彼等が本心からルルーシュを敬愛しているのがわかる。
「母さんとナナリーは?」
その中の一人にルルーシュが問いかけた。
「ナナリー様はリビングに。スザク様のお部屋に飾られる花を庭師と選んでおいででした」
応える声に喜びが隠れている。
「マリアンヌ様は陛下からお呼びがかかりましたので、イルバル宮の方へ向かわれました。スザク様のお出迎えが出来ないことを気になさっておいででした」
さらにこう付け加えられた。
「父上は早速か……」
ルルーシュがあきれたようにつぶやく。
「別に気にしないのに。マリアンヌさんが忙しいのは話に聞いているから」
ブリタニア語でそういえば一部の使用人が驚いたように目を見開いた。
「スザクはブリタニア語も普通に使えるぞ。だから、安心していい」
ルルーシュのこれはイヤミなのか。そう思ったときだ。
「申し訳ありません。ルルーシュ様とナナリー様のご友人に不快なお気持ちにさせてしまいました。後できっちりと教育しておきます」
おそらく執事なのだろう男性がこう言ってスザクに頭を下げてくる。
「気にしなくていいです。枢木の当主とは言え、俺はまだ未成年の子どもですから」
これはもちろんイヤミだ。
「枢木の当主でいらっしゃるから余計にです。ブリタニアにとってその名は尊敬すべきものです」
それが理解できないものはここはもちろん、リ家でも必要とされない。その言葉の意味がスザクにはすぐにわからない。少し考えて、あることに行き着いた。
「ご先祖様が守ったお方の子孫か」
今でも続いていたのか、と別の意味で感心したくなる。
「そう言う事だな」
いずれ会いに来るかもしれないぞ、とルルーシュは笑う。
「ともかく、スザクの部屋の準備は出来ているのか?」
「はい。今ご案内いたします」
そう言いながら彼は脇に控えていた女性に目で合図をする。
「こちらです」
即座に彼女はこう言うとスザク達を案内して歩き始めた。
屋内へ入ると彼女は二階の奥へとスザクを導く。
「この部屋でございます」
そう言いながら一つのドアを手で指し示した。
「僕の部屋はこちらだ。すぐ側だな」
ルルーシュが笑いながら教えてくれたのは吹き抜けを挟んだ向こうだ。だが、記憶の中の間取りで判断すれば、ベランダでつながっているはず。
「そうだな。でも、二階だと部屋の中でのトレーニングは難しいか」
「武器を使わない程度ならかまわないぞ。必要なら家具を動かすし」
母さんがそうだから、とルルーシュは笑う。
「ならいいか。これからお世話になります」
スザクの言葉にルルーシュの笑顔が深まる。
「もちろん。あぁ、ナナリーが待っているだろうから、確認したら下に行こう」
「了解」
女性を待たせるのはマナー違反だよな、と付け加えればルルーシュが軽やかな笑い声を漏らした。
16.11.20 up