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巡り巡りて巡るとき

23



 アリエス宮での暮らしは予想以上に心地よい。もっとも、とスザクは目の前の女性へと視線を戻す。彼女のしごきがなければ、だが。
「本当にリハビリ?」
 こう言いながらもスザクは半ば意地で立ち上がる。
「もちろんよ」
 マリアンヌはとてもよい笑顔でこう答えた。だが、自分から見ればそう思えないのだ。
 自分が記憶している最高潮の頃の彼女のそれと遜色ない動きをしていて何を言っているのだろう。
 それとも、目の前の彼女の全力はこんなものではないのだろうか。
「……嘘だろう……」
 思わずこうつぶやいてしまう。
「本当よ。本気ならビスマルクあたりを引っ張り出しているわ。それでなければ二人同時に相手にするか」
 その程度でなければ自分が満足できない、と続ける。
「そうですか」
「大丈夫。スザクくんならあと五年もすれば十分、一人で満足させてくれるようになるわ」
 自分がちゃんとそうさせるから、と彼女は笑った。
「知らない人が聞けば危ないセリフですね」
 閨でのことと間違われたら自分はあの世行きかなぁ、とスザクは心の中だけで付け加えた。
「この状態でなら大丈夫よ。シャルルですら納得するもの」
 可愛らしい仕草で彼女は肩をすくめて見せる。
「第一、ここは私たちの城よ。私の言葉を正確に受け止められない人間はいないわ」
 そう言い切るマリアンヌに、スザクはため息をつくことで同意の意を伝えた。
「と言うところで二人とも汗を流してきてください」
 ルルーシュの声がいきなり割り込んできた。
「あと一時間もすれば姉上達が到着されます。スザクの第一印象を悪いものにしなくてもいいでしょう?」
 彼はさらにそう続ける。
「あの子なら大丈夫だと思うけどね」
 苦笑とともにマリアンヌが言葉を返す。
「でも、確かに汗とほこりは落とした方がいいわね。行きましょう」
 そう告げると同時に彼女はスザクの腕をつかんだ。
「マリアンヌさん?」
「いいじゃない。一緒にはいれば時間の節約よ」
「そういうわけにはいかないでしょう!」
 とっさにスザクはそう言う。もっとも、彼女がそれを聞き入れてくれるかどうかはまた別の問題だったが。
「あきらめろ、スザク」
 ルルーシュのこの言葉がすべてを物語っていた。

 汗を流してさっぱりしたはずなのに、何故か疲労感が激しい。
「俺、物心ついてから母さんとも風呂に入ったことがないのに」
 ソファーの背ににぐったりと寄りかかりながらスザクがぼやく。
「あきらめろ」
「お母様は軍人ですから『そんなこと気にしていたらやっていられないわよ』と良くおっしゃっておられます」
 ルルーシュとナナリーが口々にこんなセリフを口にしてくれる。
「つまり、被害者は他にもいるって事?」
 思わずこう聞き返してしまう。いたとしても、年齢的に自分よりも年上のような気がする。それとも今もナナリーの側にいるアーニャだろうか。彼女ならばともかく、年頃の男なら地獄だろうなとも心の中でつぶやいた。
「……それに関しては、本人の名誉のために言わないでおく」
「お父様がお母様にお仕置きされておいででした」
 それが答えだろうとスザクはため息をつく。
「もっとも、お母様よりお強い方はいらっしゃいませんから」
 ナナリーはそう言うが、それでもマリアンヌは女性だ。万が一のことがないわけではない。
「おなかに赤ちゃんがいなければ、だろう?」
 妊娠していればどのような人外でも普通の人間レベルになってしまう。そこを狙われてはどうしようもないのではないか。
「そのあたりは母さん達が考えているさ」
 ルルーシュがため息とともに言葉を口にする。
「ともかく、そろそろ姉上達が来るけど、大丈夫?」
「……頑張る」
 スザクはそう言うと立ち上がった。
「母さんに付き合わされたと言っておけば姉上は大丈夫だろうが」
 もう一人はどうだろうか。彼はそう言ってため息をつく。
「その時はルルーシュかナナリーに助けてもらうよ」
 スザクがそういえばルルーシュが目を大きく見開いた。
「僕がスザクを?」
「そう。出来るだろう?」
 この言葉に彼は少し考え込むような表情を作る。
「そうだな。僕が言わないとダメか」
 だが、すぐに彼はそう言って笑う。
「スザクは僕の友達だからな」
 こう言われて胸が一瞬痛んだのはどうしてだろうか。
「そうだな」
 答えを探す代わりにこう言い返す。
「お兄さまだけずるいです!」
 そこにナナリーの声が響く。
「私だってスザクさんのお友達になりたいです!」
 さらに彼女はこう続けた。
「俺はとっくに、ナナリーも友達だって思ってたけど?」
 この言葉に彼女は何故か真っ赤になる。
「ナナリー?」
「……天然か、今のは」
 意味がわからないと首をかしげてみせれば、あきれたようにルルーシュがそう言った。
「ずいぶんと仲がいいのだな」
 そこに新たな声が割り込んでくる。
「可愛いでしょう? ついでに、いつでも私の鍛錬に付き合ってくれるし。いい子だわ」
 視線を向ければ、マリアンヌの他に三人の女性の姿が確認できる。その中の二人はスザクも知っていた。
「確かに。ナナリーがこんなに楽しそうな姿を見るのは久々ですわ」
 その女性が満足そうにうなずいている。
「本当ですわね、お母様」
 ユーフェミアが微笑みながらそう言った。と言うことは彼女がリ家の皇妃なのだろう。
「ですから、わたくしもあの方とお友達になりたいです」
 ある意味、このセリフは予想できた。
「ダメです! スザクさんは私とお兄さまのお友達です」
 ナナリーがこう言いながら朱雀に向かって手を伸ばしてくる。
「すみません。あなたのことをよく知らないから、友達になれるかどうかわかりません」
 そんな彼女の手を握ってやりながらスザクはそう口にした。
「そんな!」
「彼の言っていることの方が正しい。挨拶も済ませぬうちにそのようなことを言い出すのは失礼だぞ」
 コーネリアがユーフェミアをいっ冷めているが、その言葉がどこまで彼女の耳に届いているかは疑問だ。
「困った子ね。少し甘やかしすぎたかしら」
 リ家の后がそう言ってコーネリアを見つめる。
「コーネリアがその分厳しくしているから大丈夫じゃないかしら」
「だといいけど」
 マリアンヌの言葉に彼女は口元を扇で隠しながら苦笑を浮かべた。だが、すぐにそれを消す。
「初めまして。枢木の若き御当主に会えて嬉しいわ」
「俺もリ家の方にお目にかかれて嬉しいです。ご先祖様のこちらでの話を聞かせていただければ幸いです」
 スザクは即座にそう言い返した。
「あら。きれいな発音ね」
 それに彼女は少しだけ目を丸くする。
「母が身体が弱かったので……これくらいは、と教えてくれました」
 本当は違うのだが、とりあえずこう言ってごまかす。
「そう。それならば細かいニュアンスも伝えられるわね。ご先祖様の遺言もあるし、喜んでお話しさせていただくわ。ユフィにもちょうどいい機会だし」
 とりあえず合格点をもらえたようだ。その事実にスザクは心の中で胸をなで下ろしていた。



16.11.27 up
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