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巡り巡りて巡るとき

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 マリアンヌの鍛錬の他にブリタニア史の学習がスザクの日課になった。
 しかし、と与えられた教科書を見つめながら心の中でつぶやく。微妙に自分が記憶していたものと内容が違っているのはどうしてなのか。
 あるいは、と心の中でつぶやく。そこまでしなければ《ルルーシュ》を救えないのかもしれない。
「どうかしたのですか?」
 不意にナナリーがこう問いかけてくる。
「人の名前が覚えにくいなって」
 とりあえずこう言い返す。
「同じ名前が続いたり、似たような名前同士で敵対しているからこんがらがってくる」
 今もそれでわからなくなった、と苦笑を浮かべて見せた。
「確かに。私でもたまに間違えることがあります」
 ナナリーはあっさりとうなずいてくれる。
「お兄さまはしっかりと覚えておられるようですが」
「ルルーシュの脳みそは、絶対特別製だと思う」
 真顔でそういえば、ナナリーもうなずいてくれた。
「……人の目の前で何を言っているんだ、お前達は」
 脇でその会話を黙って聞いていたルルーシュもさすがに我慢の限界が来たのだろう。ため息とともにこう言ってきた。
「だって、どうやってもこんなの、一回読んだだけじゃ覚えられないよ」
 ブリタニア語を理解するまでに時間がかかるし、とスザクはしれっとして告げる。
「クロヴィスお兄さまがおっしゃっておられました。お兄さまはここ十年間に制定された法律をすべて覚えていらっしゃるって」  相談したらすぐに答えが出た、と驚いていた。そうナナリーは続ける。
「さすがだね、ルルーシュ」
「僕としては主要な法律を覚えていない兄さんの方が驚きだが」
 少なくとも、公務に就くならその程度のことは覚えていないと。性格でなくても言い。重要なことさえ記憶しておけば、後は誰かに調べさせることも可能だ。そのための秘書官なのだろうし、と彼は続ける。
「だから、ナナリーもせめて法律の大まかな内容だけは今からチェックしておくんだぞ」
「わかりました、お兄さま」
 素直にうなずいてみせるナナリーは可愛い。同じことを考えているのか、ルルーシュの視線は優しいものだ。
「スザクは……丸暗記するしかないな。自分で関係図をまとめるのもいいと思うぞ」
 そのついでのようにルルーシュはスザクにもアドバイスをくれる。
「うん。そうしてみるよ」
 日本語で書けば覚えられるかなぁ。そうつぶやきながらスザクは筆記用具を手元に引き寄せる。
 日本語で書くのは出来るだけ内容を見られないようにするためだ。しかし、マリアンヌやルルーシュ、それにナナリーには見られるとばれるだろう。そのあたりの工夫も必要だな、と心の中でつぶやく。
 もっとも、彼等は勝手に人の手元をのぞき込むようなことはない。それでも念には念を入れた方がいいだろう。
 まぁ、ゼロだった頃に作った暗号を使えばいいだけか。あまりにむかしすぎてすぐに思い出せなかった。
 まずいな、と思いながら枢木と皇が最初にブリタニアの皇族に関わったあたりをまとめ出す。
 このあたりはまだ楽なんだよな。実家にもそれなりに資料がのこっているから。
 問題なのは、その後だ。
 まとめていけば特に狂王以降がスザクの知識と違ってきている。
 スザクが覚えてきた歴史では、狂王は異母きょうだい達だけではなく実の母と妹もその手にかけていた。そして、彼自身に子孫はいない。だから傍系から皇帝が立ったはずだ。
 しかし、ここでは違う。
 狂王の妹姫が新たに立った皇帝の皇妃となり、皇子をうんだ。その皇子がその次の皇帝になっている。
「……漢字でも書けるなぁ、この人の名前」
 小さな声でそうつぶやく。だけではなく、思わずノートに思いつく漢字を書いてしまった。
 ついでに言えばマリアンヌも書こうと思えば漢字で書ける。ルルーシュは難しいがナナリーは出来るかな、と思いながら二人分をノートの端にメモして見た。
「何を書いていらっしゃるのですか?」
 まさしくひょいっとナナリーが脇からのぞき込んでくる。
「母さんとナナリーの名前か?」
 反対側からのぞき込んできたルルーシュがそうつぶやく。
「漢字で書けそうだなって思ったから、適当に当てはめてみただけだけど?」
 そう言いながら、スザクはノートを腕で隠す。
「知っている漢字だけだから、読みしかあってない」
 恥ずかしいから見るな、と続けた。
「第一、人のノートを見るのは最低な行為なんだぞ。学校の先生がそう言っていた」
 自分でわかりやすいように書いているから、他の人間からすればとんでもなく汚く見える人間もいる。それを馬鹿にしないためには必要なことだ、とそう言っていた。
 胸を張って言えばへりくつも正論になる。
「そう言うものなのか?」
「そうだよ。だから、提出用には別のノートがあったんだよね」
 でも、ここでは必要ないだろう。言外にそう問いかけた。
「確かに少々、礼を失していたようだな」
 ルルーシュが苦笑を浮かべる。
「不用意にのぞき込まないよう気をつけるよ」
「ありがとう。見られると、きれいな字を書かないといけないって思っちゃって進まないんだよ」
 こう続ければルルーシュだけではなくナナリーも納得してくれたようだ。
 多分、これで勝手にノートを覗かれることはない。多少のメモならば書き込んでも大丈夫ではないか。
 それでも気を抜かないようにしよう。スザクはそう心の中でつぶやいていた。

 自分の記憶の中にある──と言っても、何千回と繰り返し確認したせいで、一番最初の頃の同級生の顔よりもはっきりと覚えている──ブリタニアの歴史と教科書のそれを並べて年表にしてみた。
 そうすればよりはっきりとわかる。
「……やっぱり……」
 誰かが自分よりも早く歴史に介入している。そんな痕跡があちらこちらに残されていた。
 最初の頃はそれでも本当に些細なものでしかない。
 だが、最近のものははっきりとわかる。
「こんなことを出来るのは一人しかいないよな」
 自分が知っている中で一番長生きの、外見詐欺と言えるあの魔女だ。
 だが、彼女一人でここまで世界を変えられるだろうか。
 他に協力者がいると考えた方がいいだろう。
 しかし、それが誰なのかがわからない。
 彼女に協力をしてプラスになる人間がすぐに思い浮かばないのだ。それとも、自分が知らない《誰か》の存在があるのか。
「本人を問い詰めるわけにもいかないし」
 そんなことをしてもあの魔女がそう簡単に口を割るとは思えない。むしろ適当に煙に巻かれて終わる未来しか見えないのだ。
「そう言う意味だと、最弱は俺?」
 やだなぁ、とつぶやきながらスザクは机に突っ伏す。
「どうやっても口じゃ彼等に勝てないしなぁ。物理ならばともかく」
 しかし、これだけ派手にヒントを残していると言うことは俺に気付かせたかったのだろうか。
 スザクは顔を上げることなくそうつぶやく。
 では、どうしてそれが必要なのか。
 おそらく、そうしなければこのループから抜け出せない。そう知っているからなのだろう。
 自分が知らないところで同じような繰り返しの日々を過ごしてきた人間がいる。それは果たして一人なのか、それとも……とスザクはため息をついた。自分一人では答えが出せない。それがわかっているからだ。
「どこから手をつければいいのかなぁ」
 本当に厄介だ。
 すべてを投げ出せないから余計に、ともう一度スザクはため息をついた。



16.12.25 up
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