巡り巡りて巡るとき
25
こういうときに限ってC.C.は姿を見せない。
それはいいことなのか。それとも……とスザクはため息をつく。
「天気が悪いから、余計に落ち込むんだよな」
こういうときは外で思い切り暴れればすっきりする。すっきりすればいい考えも浮かぶのに、と思いながら視線を窓の外へと向けた。
そんな彼の耳にノックの音が届く。
「はい?」
誰だろうか。そう思いながらも言葉を返す。
「僕だ。入ってもいいかな?」
即座にルルーシュの声がドア越しに響いてくる。
「開いているから、入ってきてくれていいよ」
今は見られて困るものもないから、と心の中だけで付け加えた。
「勉強中じゃなかったか」
そう言いながらルルーシュが室内に足を踏み入れてくる。
「雨だからな。トレーニングが出来ない分、さっさと終わらせたんだよ」
おかげで今は暇だ、と言外に告げる。
「そうか。それならばちょうど良かった」
そういいながら彼は歩み寄ってきた。
「母さんが読んでいるんだが、つきあえるか? 父上がおいでの太陽宮の側なのだが……」
最悪、シャルルが乗り込んでくる可能性がある。そう彼は続けた。
「……何処なんだ?」
「イルバル宮と言う、ラウンズの施設だ。正確にはそこの訓練場だな」
この雨で暴れたれないらしい、と苦笑とともにルルーシュは答えをくれる。
「さすがはマリアンヌさん」
一日でも動かないと我慢できないのか、とスザクは笑う。
「でも、いいのか? 俺みたいなのを連れていって」
「母さんが呼んでいるからかまわないだろう」
つまり、
イルバル宮も
アリエスと同じでマリアンヌ至上主義者の集まりと言うことか。スザクはそう判断をする。
「ナナリーは?」
「今日はユフィとカリーヌ達と一緒だ。だから、午後まで帰ってこない」
安心しろ、とルルーシュは笑う。
「それなら仲間はずれにならないか。ならいいか」
少しだけほっとした声音でスザクが言葉を綴れば、ルルーシュの笑みが深くなる。
「何か、お前の方がナナリーを心配しているな」
「ナナリーは守る対象だろう?」
そんな彼女を気にかけるのは当然ではないか。スザクはそう言い返す。
「マリアンヌさんなら放っておいていいけど、ナナリーは自由に動けないからな」
こう言えばルルーシュもうなずく。
「わかっている。ただ、ちょっと意外だっただけだ」
「……女子どもには優しくしなさい、と言うのが母さんの教えだから」
遺言のようなものだ、とスザクは笑う。その瞬間、ルルーシュが気まずそうな表情を作った。
「ただ、マリアンヌさんは『女』の範疇に含めていいものかどうか、ものすごく悩むんだけど」
「……否定できない……」
我が母ながら、とルルーシュはため息をつく。
「遺伝子上は間違いなく『女性』なのはわかっているが……性格はな」
雄々しいとしか言えない、と彼は続ける。状況によってはシャルルの方がヒロイン役になるし、と遠い目をしたのはどうしてなのか。興味はあるが問いかけない方がいいだろう、と思わざるを得ない。
「……女性であるより軍人としての自分を選んだんだろうな、マリアンヌさんは。それでもルルーシュとナナリーの立派なお母さんだろう? それで十分じゃないか」
何よりも元気で生きているんだし、とスザクが付け加えた瞬間だ。ルルーシュの表情が曇る。
「……ごめん」
「謝らなくてもいいって。もう過ぎたことだし」
数えることも出来なくなるくらい何度も経験したことだ。変えられない以上、なれるしかない。スザクはそう心の中だけで付け加えた。
「母さんのことは覚えているからいいんだ。それよりも今は覚えなきゃ行けないことが多すぎて爆発しそうだし。その前に思い切り発散したい」
出来るんだよな、と空気を変えるために問いかける。
「母さんのことだから最終的にはそうなるんじゃないかな」
ラウンズのメンバーもどちらかというと血の気が多い方だし、とルルーシュは付け加えた。
「……誰がいるの?」
自分がいた頃とメンバーは違っているだろう。そう思いながら問いかける。
「今だと、ビスマルクとミケーレ……それにノネットかな?」
他は出撃しているか、あるいはマリアンヌとは微妙な距離がある者だから、とルルーシュは指を折りながら口にした。
「そうなんだ」
幸い、自分が知らないメンバーはいない。これならば顔を合わせても逆鱗に触れることはないだろう。
「俺が行ってもいいなら、少し、稽古をつけてもらおうかな」
今の自分では太刀打ちできないだろう。それでもやらなければいつまで経っても変わらないままだ。そう思って言葉を口にする。
本当に、何が一番もどかしいかというとこれなんだよな。全盛期の頃と比べて劣る身体能力が恨めしいと思えることも多いから、とスザクは心の中だけで付け加えた。
「向こうもそのつもりだと思うぞ」
マリアンヌがきっと余計なことを口にしているはずだから。ルルーシュはそう言って笑った。
「じゃ、着替えを持っていくか」
汗だくになるだろうし、とスザクは軽い調子で告げる。
「それが良さそうだな」
それにルルーシュもうなずいてくれた。
「あれがそうなの?」
C.C.の耳に聞き慣れた声が届く。
「あぁ」
そう言いながら彼女は視線を廊下を歩いて行くスザクから移動させた。
「普通の子どもじゃない」
「見かけは、な。中身はお前よりもじじいだ」
いったいどれだけ繰り返しているのか。それは自分でもわからない。ひょっとしたら、中身は自分よりも年齢を重ねているのではないか。
「どちらにしろ、あいつをこちらに引き込まなければ終わらないだろうな」
「……シャルルが幸せになるために必要なんだ」
「シャルルだけじゃない。お前はそれを直さなければまた元の木阿弥だぞ」
「……わかってる……わかっているけど、そう簡単に切り替えることが出来ない」
自分にとってシャルルだけが存在意義だったから、と彼はつぶやくように告げる。
「お前の場合、それからか」
「それでも、最近はマシになったと思うよ」
ルルーシュ達とも仲良くやっているつもりだ。その言葉は嘘ではない。
「そうだな」
それでも、それだけではまだ不十分なのだ。
「後は、このもつれた運命をどこまでほどけるかだな」
そうすればきっと良い道が見えてくるはずだ。しかし、それは難しいと言うことも知っている。
「鍵はやはりあいつか」
うかつな接触は避けるべきだろうか。それとも、とつぶやく。
「どちらにしろお前はしばらく接触するなよ」
隣にいる少年に向かってそう告げる。
「わかってるよ。シャルルにも言われているからね」
そういうところがダメなんだが、と指摘するべきだろうか。それとも、と考えてC.C.はそのまま放置することにした。
17.01.14 up