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巡り巡りて巡るとき

26



 予想していたよりも時は穏やかに過ぎていく。もちろん、それは自分たちの周囲だけだ。ブリタニア国外では違っていることもわかっている。
 だからこそ、こんな風にアリエスに引きこもっていいものか。スザクはそう考えていた。
 そんな彼の気持ちに気付いていたのだろうか。それとも、最初からその予定だったのか。日本で言えば中学生になる年齢までなったとき、スザクはルルーシュとともに学校に通う事になった。
「……アッシュフォード学園?」
 その説明の中で出てきた校名にスザクは思わず聞き返してしまった。
「そうよ。うちの後見の一つが運営している学校なの」
 マリアンヌが微笑みながら説明を始める。
「セキュリティもしっかりしているし、割と留学生も多いと言うから、スザク君でも目立たないわ」
 多分、と付け加えられて逆に不安になってしまった。
「大丈夫だ、スザク。一つ上の学年にアッシュフォード伯の孫娘がいる。彼女の存在一つで他のみんなのそれがかき消されるくらい強烈な個性の持ち主だ」
 ミレイのそれはこの年齢から既に発揮されていたのか。スザクは別の意味で怖くなってくる。
「……何か、被害が集中しそう……」
 ルルーシュには遠慮があるだろうが、自分に対してはそんなものはないだろうから。スザクはため息とともに言葉を吐き出す。
「大丈夫だと言ってやりたいが……相手がミレイでは難しいな」
 さらにルルーシュまでもがこう言ってくる。
「……マジ?」
「本当だ。熱中すれば自分の思い描いたことを実行するために母さんまでも動かそうとするからな」
「それはまた無謀なことを」
 普通ならば彼女に協力を求めるなんて惨事の前兆でしかないのに、とスザクは心の中でつぶやく。それとも、ミレイだから可能なのか。
「母さんのお気に入りだからな、ミレイは。だから始末に負えない」
 二人が組むとシャルルですら止められない。ルルーシュもそう言ってため息をつく。
「いいでしょう? 危ないことはしていないわ。単なるお茶目よ」
「それはせいぜい、家の中でのことならばです。最悪、群馬で巻き込むではありませんか」
「皆喜んでいるからいいの」
 予想よりもグレードアップしているような気がするのは錯覚か。
「そうね。スザク君にもミレイちゃんを紹介しないといけないわね」
 マリアンヌがそう言ってくる。
「紹介するならミレイの他にもジノやアーニャも必要でしょう?」
 特にジノはこれからスザクと行動を共にする機会があるかもしれないのに、とルルーシュが言い返す。
「それもそうね。なら、そうしましょう」
 あっさりと彼女はうなずく。
「それならばいっそ、皆集めてお茶会にしようかしら」
 ユフィもこちらに来たがって騒いでいるようだし、それを聞きつけたマリー達もスザクに会ってみたいと言っていたそうだから。マリアンヌはさらに言葉を重ねた。
「そんなことを言っていたら、貴族の半分は押しかけてくると思いますよ」
「そんな面倒なことはごめんよ。押しかけてくるなら追い返すだけだわ」
 許可をした人間以外、アリエスの門はくぐらせない。マリアンヌはそう言い切る。
「許可を出すのは親しい者達だけ。シャルルから許可をもらって来ればいいだけでしょう」
 彼女が口にした『もらってくる』が『もぎ取ってくる』に聞こえたのは自分だけではないのではないか。
「それに、たまには華やかなこともいいでしょう」
 ナナリーも喜ぶだろう。そう付け加えられてはルルーシュはもちろん、スザクも反対できない。
「楽しみだわ。あぁ、どうせだから日本食も出しましょう」
 マリアンヌはマリアンヌで盛り上がり始める。
「大丈夫かな?」
 それを横目にスザクは隣にいるルルーシュに問いかけた。
「大丈夫だろう。実際に動くのは執事だからな」
 お膳立てはしっかりとしてくれるだろう。ルルーシュはそう言い返してくる、だが、それがどこか投げやりに聞こえたことは否定できない事実だった。

 確かに本宮で行われる夜会などよりはこぢんまりとしているのだろう。だが、スザクの感覚からすれば十分盛況なそれにどのような表情をすればいいのかわからなくなる。
 とりあえずナナリーの側に避難した。
「スザクさん?」
「何か、知らない人ばっかりだからさ。ちょっと避難」
 紹介されてからでなければうかつに声をかけられないし、知っている人の周囲には人だかりが出来ているし、と付け加える。
「お兄さまもですか?」
「あぁ。マリアンヌさんと一緒で囲まれてる」
 ホストだから仕方がないのか、とスザクは口にした。
「そうかもしれません。私のところに来ないのはお母様が事前に何かおっしゃってたからかもしれませんし」
 気遣ってくれているからかもしれない、とナナリーは少し寂しそうだ。
「ナナリーの場合、人が集まったら埋もれるからじゃないかな。周囲から見えなくなるぞ」
 それじゃつまらないだろう、とスザクは言い返す。
「せっかく、きれいなドレスを着ているんだから他の人にも見せないと。でも、皆すごいドレスだな」
 これは正式な夜会じゃないのに気合いが入っているよな、とつぶやく。
「そうなのですか?」
 ナナリーも女の子だからか。声音にあこがれようなものがにじみ出ている。
「うん。前の方が短くて後ろが長いドレスとか、スカートを膨らませる骨みたいなのが見えるデザインのとか……」
「今日は正式の夜会ではないから、皆様、思い切ったデザインを選ばれたのでしょうね」
 自分も見てみたい、とナナリーは付け加えた。 「そうなの?」
「はい。正式の場では身分によって使える素材が異なっていたり、スカート丈や襟の形も決まっているそうですから」
 こんな風に自由にデザインできないのだ、とナナリーは教えてくれた。
「しかも、お母様は伝統と格式というものは正式の場だけでやればいいだろうと言っておられますし」
「マリアンヌさんらしいね、それは」
 彼女ならば『似合っているならいいんじゃない』ぐらい言いそうだ。実際、ここにいる人たちは皆似合っているし、とスザクは思う。
「なら、後で似たようなのをドールハウスサイズで作ってもらえばいいんじゃないかな」
 そうすれば、ナナリーも楽しめるだろう。
「お兄さまにお願いしてみます」
 スザクの提案に、ナナリーは嬉しそうに微笑む。これでこれに関しては大丈夫だ。
 そうなれば、残されている問題はただ一つ。
 誰が誰かよくわからない人物がいることだ。成長した姿からも連想できないと言うことは、今までの中で一度も会っていない人物なのだろう。
 だが、ルルーシュ達──あるいはマリアンヌ──にとっては親しい間柄の人物らしい。
 あれはいったい誰だろう。
 そんなことを考えていた時だ。ルルーシュが数人の子どもを引き連れて二人の方にやってくる。その中にはユーフェミアの姿もあった。
「スザク、彼等を紹介させてくれ。あぁ、ユフィはナナリーと一緒にいてくれると嬉しいな」
 ルルーシュのこの言葉にユーフェミアは少しだけ頬を膨らませる。それでも素直に従ったのは周囲の目があるからだろう。
「スザク、僕の隣にいるのがユフィと同じ年の妹でマリーベル。その隣がナナリーと同年のユーリア、それにカリーヌだ」
 その言葉に、見覚えのなかった少女が早世した彼の妹だとわかった。
「初めまして、皇女殿下方。枢木スザクと申します」
 そう言って微笑めば、彼女たちも同じように微笑み返してくる。
「ナナリーが笑えるようになったのはあなたのおかげみたいね」
 まっ先に口を開いたのはカリーヌだ。
「皇の方だとも聞いているし、これから仲良くしてあげるわ」
「カリーヌ」
 あきれたようにマリーベルが彼女の名を呼ぶ。
「お母様が『その程度で怒るような男は懐が浅いから付き合わなくてもいい』っておっしゃるんだもの」
「だが、スザクは違っただろう?」
「気にしなくていいよ、ルルーシュ。そう言われても仕方がない立場なんだろうし」
 これは半分イヤミだ。
「誰もそう言ってないでしょう!」
「でも、そう聞こえるから。君がどう思うかじゃなくて受け取る方がどう感じるかが重要だろう」
 この言葉をどう受け止めるかは彼女次第だろう。後は放置でいいか、とスザクは心の中でつぶやく。
「カリーヌが悪かったな」
「ルルーシュが気にすることじゃないって。ナナリーならともかく、さ」
 一緒にいない相手なんだし、とこっそりと彼の耳元で告げる。
「ともかく、こちらがジノ・ヴァインベルグ。母さんが最近見つけてきたんだ。剣の才能があるらしい」
 それは知っている、とスザクは胸の中だけでつぶやく。
「スザクです。よろしく。マリアンヌさんの興味を全部持って行ってくれると嬉しい」
 そうすれば少しは楽になるんじゃないだろうか。本気でそう考える。
「ジノだ。私には荷が重いと思うから、半分引き受けてくれないかな? それと、後で一度で手合わせをしてほしいな」
「それは喜んで」
 この言葉にジノも笑って『楽しみにしている』と言ってくれた。
「で、彼女がミレイ・アッシュフォードだ」
 どこか嫌そうにルルーシュが教えてくれる。
「よろしくね」
 微笑む姿は良家の子女らしい。だが、本性を知っている身としては脳内に警報が鳴り響いてしまう。
「よろしくお願いします」
 それでもこういうしかないスザクだった。



17.01.23 up
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