巡り巡りて巡るとき
27
入学してからは案の定ミレイに振り回されていた。
こちらの予定も無視してくれるから、それに関してだけはまずいと思う。
「ルルーシュ……」
何度目かのマリアンヌの稽古に遅れることになった日、スザクはとうとうルルーシュに泣きついた。
「……母さんとルーベン、どちらがいいだろうな」
彼等にも実害が出ている。マリアンヌの機嫌が悪いのだ。本人達に向けられなくても周囲がおびえていれば雰囲気が悪くなることは否定できないだろう。
「どちらでもいいよ。即効性があれば」
これ以上、余計なことで精神と体力を削られたくない。真顔でスザクはそう言った。
今日も気がつけば全力で特別教室がある棟から校門まで走ることになったのだ。直線距離でだいたい一キロある。もっとも、あちらこちらに建造物だのなんだのがあるから、まっすぐに進めるはずがない。だから、実際にもっと距離があるだろう。
それを全力疾走したあげく、戻ってきてからマラソン十キロはいくら体力バカと言われている自分でも少し辛い。しかも、それだけで終わるはずがないのだ。
しっかりと最後まで鍛錬をした後は食事すら辛くなってしまう。シャワーを浴びながら寝落ちしたことも一度や二度ではない。
「身体を壊す前になんとかしてほしいよ、マジで」
実際、最近、食事を抜いているせいで体重が落ちているし。スザクはそうも付け加えた。
「……母さんだな」
ルルーシュがため息とともにそう言う。
「最近のお前のことは、母さんも『おかしい』と思っていたようだし」
学校に通い始めてからだから、別の心配をしていたようだが。彼はそう付け加えた。
「いじめはないぞ。それはルルーシュも知っているだろう?」
「もちろん。それはしっかりと教育されるからな」
ブリタニアの品位を下げるような行動をとるな。そう言われるのだという。
そう言う点ではミレイの行動はセーフだと言える。しかし、個人的には勘弁してほしいとしか思えない。
「本当。みれいさんに振り回されなきゃ居心地いいのに」
深いため息とともにスザクはそうはき出す。
「……時間を守らせるという事に主眼を置いてミレイをいさめてもらおう」
全部の行動を規制するのは不可能だから、とルルーシュは言い切る。
「それだけでもマシだよ」
時間的な余裕が出来れば食事がとれるようになるだろう。スザクは真顔で言葉を返す。
「ナナリーもそうすれば喜ぶだろうしな」
寂しがっていたから。ルルーシュは苦笑とともに教えてくれる。きっとそれが一番の理由なのではないか。
「本当、ルルーシュはナナリーが大好きだよな」
「当然だろう。あの子も僕の家族だからな」
家族が嫌いな人間はいない。そう言うルルーシュはどこか偉そうだ。
そんな彼がまた家族に裏切られることがなければいい。スザクは心の底からそう考えていた。
ルルーシュとスザクがマリアンヌに泣きついたのが功を奏したのか。ミレイの傍若無人は少しだけなりを潜めた。それでも相変わらず振り回される日々ではある。
「誰か、ミレイさん専用の下僕になってくれないかな」
スザクは真顔でそうつぶやく。そうすれば少なくとも使いっ走りはそちらに押しつけられるだろう。もちろん、その時彼の脳裏に浮かんでいたのはリヴァルの姿だ。今はまだ接点がない彼をなんとかしてこちらに引きずり込みたいと思う。
「……ジノに押しつけるわけにはいかないしな」
「それは無理だろう。そのまま二人が婚約と言うことになりかねない」
ミレイは一人娘だし、ジノは四男だ。伯爵家ならば十分だとヴァインベルグ侯が考える可能性はある。
だが、彼はマリアンヌが目をつけた存在だ。将来はラウンズに取り立てられるだろう事は確定している。そんな人間をミレイに使いつぶされるのは困るのではないか。
そう考えてスザクはうなずく。
「家もそうだけど、貴族も面倒だね」
六家も婚姻に関してはある程度規制がある。しかし、顔を合わせて速結婚と言うことはない。それだけはマシなのだろうか。
「ミレイの場合、家名存続につながるからな」
少しでも優秀な婿がほしいというところだろう、と彼は言う。
「相思相愛の相手がいるならば適当な家と養子縁組をしても考えられるが、ミレイだからな」
相手を見つけられる可能性がものすごく低いのではないか。ルルーシュは平然と口にする。
「ルルーシュにはなかったの? ミレイさんとの婚約の話」
「あったらしいが、父上がつぶした」
ミレイではルルーシュがかわいそうだ。そう言ったらしい。
「……愛されてるな」
最初の人生でも端からは見えなかったが実際には愛されていたようだ。ただ、Cの世界での再会がわかっていたから積極的に保護しなかっただけなのだろう。今ならば、それもわかる。
しかし、とスザクは心の中でつぶやく。あの後、こっそりと援助をしていればルルーシュはシャルルの味方になっただろう。そうなっていれば、彼等の望みは達成されていたのではないか。
もっとも、それも今更の話ではあるが。
「僕はまだいいけど、ナナリーの婚姻までつぶされるのはちょっと……」
そんなことを考えているスザクの脇でルルーシュが真顔で考えている。
「それこそ、マリアンヌさんの鉄拳制裁が待っているんじゃないの? そんなことをすれば」
「だといいけどな。母さんの場合、相手の命が問題になる」
「……ナナリーにふさわしいかどうか、自分の目で確かめるって?」
「文官ならばまだマシだろうが……軍人ならばな」
「死ぬね、間違いなく」
それも準備運動段階で、だ。
一番の問題は、シャルルがそれを止めないことだろう。
「でも、ナナリーはまだ十歳だし……足のこともあるから、吟味に吟味を重ねたい気持ちはわかる、かな?」
程度はともあれ、とスザクは笑う。
「おそらくシュナイゼル殿下あたりも口を挟んでくるだろうし、身分目当ての人間はすぐにはじかれるだろうね」
「それだけが救いか」
「だね」
バカは必要ない。二人はそう言ってうなずき合う。
「そう言うお前はどうなんだ?」
「当分来ないと思うよ。本当、自分だけどか同性でも子どもが出来れば選択肢が広がるのに」
ついついこうつぶやいたのは、女性にいい思い出がないからだ。
「そうだな」
ルルーシュもあっさりと同意してくる。
「そうすれば少なくとも我が子はいるわけだから、無理に結婚させられないか?」
「政略結婚がなくならない以上、どうだろうね」
まだ成人してないのにこんな会話を交わさなければいけないのはどうなのだろうか。そう考えて少し悲しくなる。
しかし、この会話がしっかりと聞かれていたこと、そして面白がったマリアンヌといいアイディアだと思い込んだシャルルの暴走によって研究が進められるとは、このときの二人はまだ知らなかった。
17.01.30 up