PREV |NEXT | INDEX

巡り巡りて巡るとき

28



「スザク!」
 授業と授業の合間のほんのわずかな時間に、隣のクラスのルルーシュがいきなり飛び込んできた。
「どうしたの?」
 彼が忘れ物をするはずがないのに。そう思いながらもスザクは聞き返す。
「いいから、付き合え!」
 緊急事態だ、と彼は真顔で言う。
「何かあったの?」
「……ここでは話せない」
 そう口にするルルーシュの表情はものすごく真剣だ。
「わかった。でも、授業……」
「そちらは既に手を回してある」
 ずいぶんと手回しがいいな、と心の中でつぶやく。あるいは、それだけ厄介な状況なのか。
「それなら、荷物は持ってきた方がいいのか?」
「あぁ。このまま帰ることになるだろう」
 何か、嫌な予感がする。
「……パスできるものならパスしたいな」
 聞かない方がいいと第六感が告げているのだ。しかし、それは無理だろう。
「あきらめろ」
「だよね」
 どんなに『嫌だ』と叫んでも避けられないことがある。それを自分はよく知っていた。
「ちょっと待ってて」
 ため息とともに振り向くとまっすぐに自分の席へと戻る。
「どうかしたのか?」
「緊急事態だって。早退するから」
 許可は出ているらしい。早口でそう告げれば、彼はうなずいて見せた。
「わかった。気をつけてな」
「迎えが来ているらしいから、それは問題ないと思うよ」
 言葉を返しながら机の中のもので持ち帰った方がいいだろうと思えるものを鞄の中に放り込む。基本、教科書は置きっ放しだから、財布ぐらいなのだが。
「ノートは貸してもらえると嬉しい」
「了解。コーヒー一杯で引き受けよう」
「わかった」
 そう言うと、スザクは彼の肩を軽くたたく。そして、再びルルーシュの側に歩み寄っていく。
「お待たせ」
「気にするな。それよりも急ぐぞ」
 そういった彼の表情がどこか悔しげに見えたのは錯覚ではないだろう。
 しかし、その理由がわからない。問いかけようにも、彼はさっさと歩き出してしまった。
「わかった」
 それについても後でしっかりと確認しておこう。そう思いながらスザクは彼の後を追いかけた。

「……父さんが重傷? 何で?」
 今の彼を傷付けて得をする人間はいないはずだ。それなのに、とスザクは眉根を寄せる。
「女遊びの後始末に失敗した?」
 思わずこう口走ってしまったのは、間違いなく母が死んでからのあれこれがあるからだ。
「お前な」
「あきれたような表情しているけどね、ルルーシュ。過去に何度も父さんの愛人に危害を加えられそうになった身としてはそうも言いたくなるんだよ」
 刺されそうになったこともある。そう続ければルルーシュは申し訳なさそうな表情になる。
「ルルーシュのお父さんのように、結婚も国内の安定のために必要だって言うなら納得するけど」
 少なくとも、日本の法律では一夫一婦制だ。愛人を作ってもいいけど家族に迷惑がかかるようなことはしないでほしい。そう続ける。
「割り切っているんだな」
「……そのあたりは桐原のじいさんにあれこれ言われたからね」
 男というものがどういう生き物なのか。説明されなくても知っているつもりだ。それでも、その事実を伝え得るわけにはいかないから黙って拝聴していた。
「だからさ。相手がきっちりと割り切れる相手ならば口を出したくなかったんだけどな」
 バカが多くてそういうわけにはいかなかった。そう続ける。
「お前も苦労していたんだな」
「ルルーシュ達ほどじゃないよ」
 兄妹が多すぎるのも問題だと思う、とスザクは笑って見せた。
「でも、それじゃどうして重傷に? 今更、あの人を暗殺しても意味はないだろう?」
 確か、まだ首相を務めて佩いたはずだ。だが、その政策はほとんど六家の任命した官僚達が出した法案にしたがったものだったはず。誰の目から見てもただの傀儡でしかない。
 そんな人間を──日本国の首相だからと言って──暗殺する価値があるのか。
 いくつか理由は思い浮かぶ。
 だが、どれも決め手に欠けるような気がする。
「……とりあえず、シュナイゼル兄上がそのあたりの情報をお持ちだから……」
 ルルーシュがそう言いながらスザクの肩に手を置いた。
「普通なら、ここで『落ち着け』と言うところなんだがな」
 苦笑とともにそう続ける。
「お前は逆に落ち着きすぎているな」
「こっちに来る前に精神的に絶縁しているからかな?」
 もう父親とは思えなかったし、とため息とともにはき出す。
「俺が何をしていても気にしなかったしな」
 あちらも、とそう続けた。
「血がつながっているだけじゃダメなんだよ。ちゃんとコミュニケーションもとらないと」
 それが出来なくなった瞬間、血縁があっても家族じゃなくなるのだ。少なくとも自分はそう考えている。スザクはルルーシュに向かってこう言った。
「そう言う考えもあるのか」
「ルルーシュだって、親しくしてないきょうだいは《きょうだい》っていわれても実感がわかないだろう?」
 そう問いかければ、彼はうなずいてくれる。
「そう言う事だよ」
「あぁ、なんとなくわかった」
「ルルーシュ達が日本に来た頃はもう、年に一度顔を合わせればいい方だったからね」
 スザクのこの言葉にルルーシュは少しだけ眉根を寄せた。
「でも、帰らないと行けないんだろうな」
 面倒くさい、と心の中だけで吐き捨てる。
「それが目的ではないよな?」
「ないとは言えないけど……理由がわからない」
「確かに」
 ルルーシュにもその理由がわからないらしい。
「兄上がご存じならいいんだが」
「そうだね」
 シュナイゼルでもわからなければ桐原に連絡を取ることになるだろう。スザクは冷静にそう考えていた。




17.02.07 up
PREV |NEXT | INDEX