巡り巡りて巡るとき
29
ゲンブのけがの原因は女性関係ではなかったらしい。
それでは何なのか。さすがのシュナイゼルもそこまでつかむことは難しかったようだ。スザクを呼び出したのはゲンブのけがを伝えることも理由の一つだが、桐原につなぎをとってほしかったらしい。
「……時間的には大丈夫だと思いますけど……」
時差を考えれば早朝と言ったところか。それでも桐原ならば起きているはずだ。
彼が起きていなくても事情を知っている者がいるはず。
自分が問い合わせをしてくることぐらい、彼にはお見通しのはずだし、とスザクは心の中でつぶやく。
「そうか。時差というものがあったな」
スザクの隣にいたルルーシュがつぶやく。
「兄上は僕たちがいつ連絡をしてもすぐに出てくださったから、気にしたことがなかった」
「……それって、シュナイゼル殿下がいつでもお仕事をされているって事と同じじゃないかと……」
今生でも彼はシャルルに仕事を押しつけられているらしい。有能な人物は大変だ、とスザクは心の中で苦笑を浮かべる。そういえば自分も《ゼロ》だった頃にあれこれと押しつけた記憶があるが。
「そうなのですか、兄上!」
「大丈夫だよ、ルルーシュ。度が過ぎるときにはマリアンヌ様にお願いをしているから」
つまり彼女に頼まなければ収まらないと言うことか。同じことを考えたのだろう。ルルーシュがため息をついた。
「ともかく通信施設はどれを使えばいいのでしょうか」
それに関しては彼等に任せるべきだろう。自分は自分の役目を果たすべきだ。そう判断をして言葉を口にする。
「カノン」
「こちらですわ」
女言葉を使っているのが標準よりも背の高いカノンだというのには突っ込むべきなのだろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
「私の場合、こちらの方が似合うでしょう? 相手に困惑してもらうためにもこの方がいいと判断しましたの」
それが顔に出ていたのだろう。彼が笑いながらこう教えてくれる。
「カノンさんは姿勢がいいから女性には見えませんけど」
顔だけなら美人な人々がもっといるし、とスザクは続けた。下手に近づくと振り回されるだけだが、と肩をすくめてみせる。
「……もう少し研究が必要かしら」
「それなら、日本の歌舞伎を見るといいですよ。あれに出ているのは全部男ですが、女性よりも女らしい所作をしていますから参考になるかもしれません」
ドレスではなく着物だけど、それなりに使えるだろう。
「面白そうね」
「これから日本に連絡をするので、ついでに聞いてみましょうか?」
文化交流というのも面白いのではないか。そう告げてみる。
「こちらのサーカスはミュージカル仕立てで日本人が見ると驚くだろうし、歌舞伎や能は見る人が見ると面白いそうですよ。俺は狂言の方が好きですけど」
そう続ければカノンも興味を持ったようだ。
「そうね。そう言う事はクロヴィス殿下も巻き込むと話が早いかもしれないわ」
「そのあたりはお任せします」
自分にはわからないから、とスザクは素直に口にする。
「任せておいて。そう言う事は楽しいし、シュナイゼル殿下方の評価を上げることになるものね」
他の無能者達の株を下げるのも楽しい。そう言う彼は間違いなくシュナイゼルの副官だ。
「ルルーシュ達の評価が上がるならいいんじゃないですか」
「大丈夫よ。そのあたりもぬかりなくやるわ」
「それならばいいです」
こんな会話を交わしつつ彼等は通信機の前へと移動をする。そこには既にシュナイゼルの部下の一人が待っていた。
「日本への連絡を」
カノンのこの一言で彼は機械を操作し始める。
「起きてるといいけどな」
と言うより、倒れていないといいのだが。バケモノじみた桐原でも一応は人だ。それも高齢の、と言われても仕方がない年齢である。あまり無理が利かないのではないか。
もっとも、それを当人に言えば怒鳴られるだろうと言うこともわかっている。だから、今日のような場合は口にしない方がいいだろう。日本にいたときならば遠慮なく言っていたのだが、と心の中でつぶやいたときだ。
『ようやく連絡してきたか、この親不孝者』
モニターに桐原の姿が映し出される。
「こっちは学校に行っていたんだよ!」
連絡が来るまでに時間がかかったのだ。そう続ける。
「ルルーシュの方に連絡が行って、それから俺に来たからタイムラグがあって当然だろう」
こちらでは携帯電話をもっていないのだから、と言えば桐原も納得したらしい。
「第一に、俺はあれを父親だって思いたくないんだけど」
自分はまだ許していないと言うこともアピールしておく。
『……それも無理はなかろうの』
過去のあれこれを思い出したのか。桐原のトーンが低くなった。
「それで、どうして入院なんです? 女性関係で失敗でもしましたか?」
それとも中華連邦ともめたか、と言外に問いかける。
『一応、犯人は通り魔と言うことになってはおるがな』
どこぞの影響があるのは否定できまい。桐原もこう言ってくる。
「命に別状は? 戻った方がいいですか?」
言外に『面倒くさい』とにじませているのに桐原は気付いているだろう。
『あれでも血縁上は父親だからの』
あきらめろ、と桐原は告げる。
「スザク君を表舞台に出そうという策略では?」
今まで黙って二人の会話を聞いていたカノンがきれいな日本語で桐原に問いかけた。本当にこの国の日本語習得率は高いな、とスザクは心の中だけでつぶやく。やはりそれも修正がかかっているからなのか。こちらは楽でいいがとも付け加えた。
『その可能性も否定できぬのだが、やはり息子が一度も見舞いに来ないというのも余計な憶測を産むでな』
困ったものだ、と桐原はため息をつく。
『戻ってくるなら、信頼できるものを側に置く予定だ。既に藤堂達を確保してある』
彼等ならば確かに大丈夫だろう。特に藤堂は自分の武芸の師でもある。父親が傷ついて不安になっている子どもがすがったとしてもおかしくはないのではないか。
「わかりましたわ。シュナイゼル殿下やマリアンヌ様と相談をしてそちらに送らせていただきます。ただ、こちらからも護衛を出すことをご了承くださいね」
『そのくらいはかまわんだろう』
あっさりと桐原もうなずく。
「では、日程が決まりましたらご連絡させていただきますわ」
『お願いいたす』
これで自分の日本帰国が決まってしまった。
本当に面号くさい。
それ以上にルルーシュ達から離れるのが不安だ。
スザクは心の底からそう考えていた。
17.02.20 up