巡り巡りて巡るとき
30
久々の日本はあまり変わっていないように思う。
「……目立ってる」
それよりも問題なのは自分が乗ってきた飛行機かもしれない。やはりチャーター機はやり過ぎではなかったのか、と心の中だけで付け加えた。
「目立った方がバカをつり上げるにはいいだろうな?」
そう言って笑ったのはノネット・エニアグラムだ。
「そうかもしれないけど……」
いいのか、それで。心の中でそうつぶやく。本当に桐原とシュナイゼルの間でどのような話し合いがあったのか。自分には聞かされていないが、かなりのやりとりがあったのではないかと推測できる。
その結果が彼女の同行だ。
「だからといって、ラウンズが護衛って、おかしくないですか?」
ブリタニアで十二人しか選ばれることがない最強の騎士。その一人が皇族でもないただの子どもの護衛についていいのか。言外にそう問いかける。
「君の身柄に何かあればマリアンヌ様だけではなくルルーシュ様達も悲しまれるからな」
ノネットはそう言って笑った。
「そうなると陛下がパニックを起こされる。その結果仕事に支障が出るからな。皇帝を守る騎士としては、そのような状態にならないようにするのは当然のことだよ」
それに、と彼女は続ける。
「あのシュナイゼル殿下がわざわざ私を指名したと言うことは、きっと裏に何かあるって事だしね。何よりもマリアンヌ様が心配されていたから」
さすがはシュナイゼル、と言うべきなのか。それともノネットの派遣を認めさせたマリアンヌに喝采を送るべきか。
「まぁ、そのあたりは難しく考えなくていい。私にとってみれば休暇も含まれているからね」
今回のことは、とノネットは笑った。
「気に入らない皇族の護衛よりも可愛いお子様の方がやる気も出るし……それに、君は枢木で皇だからね」
いいのか、それで、ブリタニア。
今の人生になってからと言うもの、何度心の中でつぶやいたかわからないセリフをスザクはまたも心の中で繰り返す。
なんと言うべきか。微妙に自分に都合がいいような気がしてならない。
これは偶然なのか。それとも誰かが意図してそのような状況を作ったのか。どちらなのだろう。
それはわからない。
わからないからこそ、うかつに動けない。
動けないが、動かないわけにもいかないのだ。今回もそのパターンだろう。
「ルルーシュとナナリーに泣かれるのは俺もいやですから、今回はおとなしく守られることにします」
おそらく自分一人でもなんとかなるだろう。それでも、マリアンヌ達の行為を無視するのは怖いか。そう考えて言葉を口にする。
「任せてくれていいよ」
それに彼女はこう言って笑った。
入国手続きを終え、桐原が差し回してくれた車へと乗り込む。そこには既に藤堂達がいた。
「すみません、藤堂さん」
「気にしなくていい。こちらとしても渡りに船のところがあるからな」
藤堂の言葉からして、おそらく黒幕をつり上げたいのだろう。しかも、警察ではなく日本軍の軍人である彼が動いていると言うだけで、だいたいの状況が推測できる。
「……で、スザク君。そちらの女性は?」
「マリアンヌさんの弟子の一人で、今回、俺の護衛としてついてきてくれた方です。実力は折り紙付きです」
藤堂の質問にそう言い返す。
「ノネット・エニアグラムという。ブリタニアの騎士だ」
よろしく、と彼女もまたきれいな日本語で挨拶をする。もっとも微妙に男らしい口調なのは教師の責任だろう。
「藤堂鏡志朗と言う。スザク君の武術の師匠をしていた」
「マリアンヌ様から聞いている。なかなかの使い手だとな」
それも楽しみだ、とノネットは笑った。
「それは恐悦至極だね」
マリアンヌの評価だと聞かされたからか、藤堂は口元に笑みをはきながらそう告げる。
「いっそ、藤堂さんも今のマリアンヌさんの鍛錬に付き合えばいいんだ」
ぼそっとスザクはつぶやく。そうすれば、少しは自分が休めるのではないかと心の中だけで付け加えた。
「それはいい考えだけど、君の負担は減らないから」
スザクのそんな内心を読み取ったのか。ノネットがそう言ってくる。
「やっぱりですか?」
「あの方の体力は本当に別格だからね。最低でも君に付き合う分は残しておかれると思うよ」
今一番楽しい娯楽らしいし、と彼女は付け加えた。
「……ありがた迷惑です」
それは嘘偽りない本音だ。
「あきらめてくれ。あの方があそこまで楽しげにしているのは珍しいんだ」
だから、シャルルも全力で彼女の行動を支えているのだ。
今回のこともそれが関係している、とノネットはスザクの耳元でささやく。
「ものすごく嬉しくない情報ですね」
「結局、あの方は嫁バカで子煩悩なんだよ」
そう考えるととても親しみやすい。問題は、その人物が世界で最大の軍事力を持っていると言うことだ。
それよりも、相手が自分とは言え、ラウンズがそんなセリフを口にしていいのだろうか。
それ以上に、あの二人に暴走されるのは困る。
「……ルルーシュに頑張って手綱を引き締めてもらおう」
彼等の暴走を止められるとしたらルルーシュしかいない、とスザクはつぶやく。
「そのためにも君は無事にブリタニアに戻ってもらわないとね」
ルルーシュにはスザクが必要だと思えるから。そう言われて喜んでみせるべきなのだろうかと少し悩む。
「でも、俺は日本人だから、いつまでも一緒にはいられないんじゃないかな?」
「わかっているけどね。まぁ、その前に厄介ごとは全部片付けてしまおうか」
「……それって、物理でじゃないですよね?」
ノネットの言葉に思わずこう問いかけてしまう。
「ここはブリタニアじゃないからな。それは難しいだろう」
残念だ、と彼女は真顔で付け加える。
「気持ちはわかるが……とりあえずは我々に花を持たせてくれるとありがたいのだが」
藤堂が苦笑とともに口を挟んできた。
「もちろんだよ。ここは君たちの国だからね」
それでも、とノネットは言葉を重ねる。
「こちらに被害が飛んできたときにはしの限りではないが」
「それは当然の権利だろう」
何というか、殺伐とした会話だよな。もっとも、自分でも同じことを言うだろうが。
「それにしても、うちの父親、何で刺されたんだか」
今更ながらに、それを聞いていないと思い出す。
「スザク君……」
あきれたような藤堂の声が耳に届いた。
17.02.27 up