巡り巡りて巡るとき
31
病室に足を踏み入れれば、誰も見舞いに来ていないのか、ゲンブが一人でベッドに横たわっていた。
「だから、女性関係はちゃんとしてくださいと言っただろう」
そんな彼に向かってスザクはこんな言葉を投げつける。
「スザク」
その瞬間向けられた瞳が『信じられない』と言うように見開かれた。もっとも、すぐにいつもの彼の表情に戻ったが。
「俺は女性関係では失敗していない!」
「でも、女に刺されたんだろう?」
あきれたような声音を作ってスザクはそう言った。
「……インタビュー取材だと言われたんだ。現状の教育問題についての」
ため息とともにゲンブは口を開く。
「政治家はイメージも大切だからな。そう言う取材は時間がある限り受けることにしている」
裏を調べたが何も出なかった、と彼はさらに言葉を重ねた。
「途中ですり替わっていたと言うことかな?」
ノネットがあごに手を当てながらそうつぶやく。
「そのインタビュー自体、あちらが誘導した可能性もありますよね?」
普通、そう言うインタビューにゲンブは選ばれない。
妻は病死しているし、息子は早々にブリタニアに留学。当人が子どもの教育に関わっているとは考えられないのだ。
「言われてみれば、その可能性は否定できん」
「実際、俺の成績なんて知らなかったでしょ?」
あきれたように付け加えれば、ゲンブは憮然とした表情で天井をにらみ出す。
「それにしても、今の父さんを刺しても何の意味もないのに、何がしたかったんだろうね、犯人」
それ以前に、犯人が捕まったと聞いていないけど……とスザクは付け加えた。
「……犯人は捕まったのだが、獄中で自殺した」
「警察、使えない」
それとも、相手の方が一枚上手だったのか。
「どちらにしろ、父さん本人が狙われたのか、それとも他の理由があって狙われたのかわからないって事か」
「まさか、そんなことがあるとは思えんが?」
「父さんが入院している間だって国会はやってるんだろう? 父さんの役職は誰か代わりがいるわけだしさ」
その誰かが桐原達の意向とは違うことをしようとしてはいないのか。スザクが言外ににじませた言葉にゲンブの表情が険しいものになる。
「まぁ、父さんは殺しても死なないようで安心したよ」
これは本音だ。
せっかく今までのところ無事にフラグをたたき折っているのに、また父に死なれては片手落ちになる。だから、せいぜい長生きしてもらわないといけないだろう。
「憎まれっ子世にはばかるっていうしな」
こう付け加えたのは少しぐらいならばイヤミを言ってもかまわないだろうと思ったからだ。
「安心しろ。少なくともお前に介護させるまでは生きる予定だ」
即座にゲンブがこう言い返してくる。これならば本当に長生きするな、とスザクは心の中でつぶやいた。
いくら息子とは言え、あまり長居をするとけが人に差し支える。そう判断をして、適当なところで病室を出た。
その瞬間だ。
「枢木スザク君だろうか」
いきなり声をかけられる。
自分の名前も言わずにそう問いかけてくる人間は礼儀知らずだ。だから、無視していい。そう教えてくれたのはゲンブだっただろうか。そんなことを考えながらスザクは相手を無視してノネットの姿を探す。
「ノネットさん、お待たせしました」
少し離れた壁により掛かっていた彼女の姿を見つけて、スザクは声をかける。
「もういいのか?」
「はい。元々あまり話なんてしたことがないですから」
顔を見られれば十分、とスザクは告げた。ブリタニアのそれなりの家柄ではそれも普通のことなのだろう。
「殺しても死なないことを確認したから十分です」
「そうか」
スザクが口にした理由であっさりと納得してくれる。
もっとも、それが相手の機嫌を降下させたことは否定できない。
「子どものくせに大人を無視するとはどういうことかね?」
スザクの肩に手を置くと強引に自分の方へと向けさせた。
「知らない大人に声をかけられても無視するようにって学校で言われましたけど?」
自分はお前を知らない、とスザクは言い返す。
「子どもに乱暴なことをする大人はろくな人間じゃないよね」
さらに追い打ちをかけるようにノネットが口を開く。ついでとばかりに彼女は未だスザクの方におかれた男の手を払いのけた。
「さて、と。そろそろ迎えも来ているんじゃないかい?」
「だと思います。神楽耶がノネットさんに会いたがってましたし」
これ以上、この男の顔を見ていたくはない。そう思ってスザクはうなずく。
「昨日、電話で話をしたお嬢さんだね。さて、どんな話をすればいいのか」
「あいつは基本、何でも喜びます」
知らないことを知るのが楽しいから。昔そう言っていた。スザクはそう続ける。
「なるほど。それならば今まで訪れた外国の話でもしようかね」
「それは喜ぶと思いますよ」
こんな会話を交わしながら二人は歩き出す。彼等の背中に突き刺さるような視線が向けられている。
「どうやら釣り針に引っかかったかな」
声が届かないと判断したのか。ノネットがこうささやいてくる。
「だといいのですが」
「どちらにしろ調べさせるがな」
気になる、と彼女はつぶやくように口にした。
「ノネットさんのかんですか?」
「まぁ、そんなもんだね」
いずれスザクもわかるようになるよ、と彼女は笑う。
「あんまりいい感じじゃなかったし……何よりもうさんくさい」
「否定できません。そもそも、俺が父さんの見舞いに来ることをどうやって知ったのか、わからないですし」
「だろう?」
調べさせるか、と彼女は口にした。
「藤堂さんにも言っておくべきでしょうね」
「そうだな。彼は大丈夫だろう」
その周囲はどうかはわからないが、と付け加えられた意味がわからないわけではない。
「日本軍もやばいですか」
本気でてこ入れしてもらわないとダメだろうか。こういうときに自分で動けないのは辛いな、と思うスザクだった。
しかし、事態は斜め上の方向へと進んでいった。
17.03.12 up