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巡り巡りて巡るとき

32



「病院が襲撃された?」
 真夜中にたたき起こされたかと思えばこんなことを聞かされた。
「それで、入院していた方々は? 無事なんですか?」
 一番気になったことをまっ先に問いかける。
「……せめてふりだけでもいいからゲンブの心配をしてやれ」
 それに桐原がため息交じりにこう言い返してきた。
「だって、父さんは殺されても死なないって断言してましたし……じいさんが護衛を置いていないわけないでしょうが」
 そう言い返せば、彼は苦笑を浮かべる。
「ついでに言えば、わざとでしょう?」
 ゲンブの病室の周囲には入院患者はいなかった。それだけではなく病院の重症な設備もなかったではないか。言外にそう問いかける。
「いや。いくら儂でもそこまで悪辣ではないわ」
 即座に桐原が否定した。
「可能性は考えていたがの」
 どう見てもゲンブが襲撃されるはずがなかったから、と彼は続けた。
「……何か、考えられる原因があるんですか?」
「まぁの」
 だが、それだからこそ余計にあり得ないのだ。彼はため息とともにそうはき出す。
「中華連邦の皇族だか貴族だかが神楽耶を嫁にほしいと言い出しての。それを断ったのだよ」
 神楽耶の夫は日本人でなければいけない。同時に、婿入りしてもらう必要があるのだ。その桐原の言葉はスザクも今までに何度も耳にしたことがある。
 第一、桐原は常々『神楽耶の婿は日本人以外認めない』と公言していたではないか。
「せめて、ブリタニアであればまだ考えたのだがな」
 皇族の血が入っていれば、多かれ少なかれ皇の血を引くものだ。それならばまだ周囲に対するいいわけも出来たのだが、と彼は続けた。
「……国内ならばともかく、何故、中華連邦が?」
 あの国に何の利益があると言うのか。確かに皇の資産は魅力的かもしれないが、と首をかしげてみせる。もっとも、それはあくまでも表面上のことだ。脳裏ではいくつもの可能性が思い浮かんでいる。
「おそらくはサクラダイトだろうな」
 そして、それに関する技術だろう。桐原の口から出たのはスザクが推測していた可能性の一つだった。
「でも、あそこの半分は枢木の所有だよね? ついでに言えば、鉱山の利権は六家がすべて関わっているし」
 神楽耶一人を取り込んだところで自分が反対をすればそもそも掘り出すことは出来ない。桐原達が自分につけば囲うどころか輸送も不可能になる。
 ひょっとしてその事実は知られていないのだろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくるだが、すぐにそれを否定した。本人達が知らなくてもかつてゲンブの取り巻きだった澤崎は知っているはずだ。そして、彼が連中に伝えないはずがない。
「……だから父さんなのか?」
 あることを思いついてスザクは顔をしかめる。
「父さんがけがをすれば、俺が日本に帰ってくるから?」
 事実、桐原も自分を呼び戻せるようにブリタニアに働きかけたではないか。
「その可能性は否定できんの」
 スザクのつぶやきから彼もあれこれと考えたのだろう。顔のしわをさらに深くしてつぶやいている。
「だが、何故、お前を……と言う疑問は残るな」
「……俺と言うより、六家の人間をすべて日本に集めたかったんじゃないかな」
 神楽耶以外を殺せばなんとかなると思っているのか。それとも、とスザクはつぶやく。
「まぁ、そうさせないために私がついてきたんだけどね」
 今まで黙っていたノネットがそう言って笑う。
「私的訪問であろうと何だろうと、これでもラウンズだ。君ともう一人ぐらいなら守り切れる自信はあるよ。その間にあの方が動くだろうしね」
 意味ありげな言葉が誰のことを指しているのかわからないはずがない。
「せめてコーネリア殿下ぐらいで収まってほしいです」
 マリアンヌが出てきたらそれこそ日本が焦土と化すのではないか。いや、日本は無事だろう。代わりに中華連邦がどうなるかがわからない。
「そうだね。私も本気でそう思うよ」
 それは否定してほしいところだったのだが、とスザクは心の中でつぶやく。
「まぁ、その前にシュナイゼル殿下方が動くだろうね」
 あれこれと煮え湯を飲まされてきているから、と付け加えられてようやく状況が飲み込める。成人していないからか。ルルーシュのところにはその手の情報が入ってこないのだ。
 こういうことになるなら、ルルーシュをうまく誘導して情報を集めさせておけば良かった。そう思っても既に後の祭りだが。
「そう言う事で、大使館に連絡を取りますがかまいませんね? 情報局の人間を動かしたい」
「こちらでも動かしているが?」
 ノネットの言葉に桐原が少しだけ眉根を寄せる。
「別方面からのアプローチもあった方がいいのでは?」
 確かにそうだとスザクも思う。ブリタニアであれば日本軍が潜入できないようなところからでも情報を集めてこられる。それを利用した方がさらに詳しい状況がわかるのではないかと思う。
「情報は多い方がいいんですよね?」
 神楽耶を守るためにも、とスザクもノネットを応援する。
「……神楽耶を守るため、か。お前はいいのか」
「俺は男だし、優先すべきなのは女であるあいつでしょう?」
 違いますか? と聞き返す。
「そうだの」
 まだ幼いあの子がバカに好き勝手されるのはかわいそうだ。そう彼はつぶやく。
「それよりはブリタニアに借りを作る方がマシか」
 こうつぶやくと桐原はノネットを見つめる。
「お願いしてかまわないか?」
「もちろん。そのくらいなら私の権限だけでなんとでもなるからな」
 バカに意趣返しをするのも楽しいし、と彼女は笑う。
「では、失礼して、ちょっと連絡を入れてくる」
 言葉とともにノネットは立ち上がると廊下へと移動していった。携帯を持っているから、それで連絡を取るのだろう。
「神楽耶の周囲を固めねばならんな」
「何なら、一緒にいる? ノネットさんも側にいてくれるし、藤堂さん達もその方が楽だろうし、あいつに対するいいわけも出来るだろう?」
 ノネットを案内するという、とスザクは付け加えた。
「神楽耶もそれならば文句をいわんか」
「だろう?」
 問題はそれでごまかされてくれている間に物事が片付くかどうかだ。
「ともかく、ノネットさんが戻ってきたら父さんのところに顔を出してくるか」
 マスコミ対策の意味でも、とスザクはつぶやく。
「……面倒だろうが頼んだぞ」
 苦笑とともに桐原がそう告げる。それにスザクは首を縦に振って見せた。




17.03.20 up
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