巡り巡りて巡るとき
36
戦後処理に子どもは邪魔だ。
だからといって、放置しておいては中華連邦の残党に狙われるかもしれない。
その二つを鑑みて、スザクだけではなく神楽耶もブリタニアに行くことになった。
ノネットもまた、ブリタニア側の代表として話しあいに加わるために二人の面倒を見られなくなったというのも理由の一つだろう。
桐原も『まだまだ大人の汚いところは見せたくない』考えているのかもしれない。皇と枢木に生まれた以上、ある程度は知っているつもりだ。だが、それでも見ないことがいいこともあるのではないかとスザクも思う。
「わたくし達だけ、と言うのは少し納得できませんわ」
「仕方がないだろう? あの父さんですら残党に襲われかけたんだから」
けが人だから拉致しやすいと考えたのだろうか。もっとも、ゲンブは既に退院しているし、周囲をSPだけではなく日本・ブリタニア両軍人でがちがちに固めていたから逆にたたきのめされたそうだが。
「なりふり構わない連中とまともに付き合う必要はないだろう?」
バカにえさを与えるようなまねも慎んだ方がいいのではないか。そう続ける。
「みんなの負担を減らすためにも」
「わかっていますわ」
それでも、自分は《皇》なのだから、逃げ出すのは違うのではないか。そう彼女は主張する。
「逃げ出すんじゃなくて戦略的撤退だと考えれば?」
自分たちに割かれる人手を減らすためだと考えれば妥協できないのか。そう問いかけた。
「そう考えるしかありませんわね」
「何よりもお前でも顔を出せばナナリーが喜ぶ」
自分たちも声をかけるようにしているが、やはり友達がほしいらしいから。そう続ける。
「ブリタニアには身体の不自由な方の学校はありませんの?」
「ないわけじゃないらしいけど……陛下が過保護だからナナリーを安全な場所においておきたいらしいんだよね」
もう二度とけがをさせたくないらしい。ルルーシュがそう言っていたが、どうなのだろうか。
「それに、元々皇族は滅多に学校に通わないらしいよ。士官学校ぐらいだって聞いた。だから、普通の学校に通っているルルーシュは例外みたいなものだって」
「……そうですの」
「アリエスは他の皇族方にも守られているから、安全と言えば安全だけど、それだけじゃやっぱりつまらないと思うよ」
自分たちが彼女をフォローできたとしても、学年が違えば常に側にいることは出来ない。だから、同じ年の人間が彼女の側にいてくれればいいのだが。
ロロでも探してみようか、とふっとそんなことも考える。もっとも、彼の《ギアス》はその命と直結している。だから、うかつに使わせるわけにはいかない。だが、それがなくても護衛としては最適だったはず。
こういうときにあの魔女がいればいいのに。ちょっとだけ顔を見せては意味深なセリフを口にして消えているどこぞのピザ魔女に向かってスザクは心の中で毒づく。
「お前は俺と違って日本が落ち着いたら帰るんだし。それまで割り切ってナナリーと楽しめばいいだろ」
「お従兄様の物事をお気楽に考えるところは変わっておられませんのね」
あきれたように神楽耶が言葉を綴る。
「だって、それ以外に何をするわけ?」
下手に口を出すと桐原の思惑が壊れるかもしれない。だったら何もしない方がいいだろう、とスザクは言い返す。
「それに、いろんな事を経験しておけば、後で生きてくるかもしれないしな」
これは自分の経験からだ。
「……確かに自分で経験すること以上の勉強はありませんわね」
さすがの神楽耶も返す言葉を見つけられなかったらしい。これで当面は大丈夫かな。おとなしくしてくれていると助かるんだが、とスザクはこっそりとはき出した。
天子の退位と生涯幽閉。そして、今回のことを主導した宦官や軍人達の資材。そして、国家予算数年分の賠償金。
それが中華連邦が日本に支払うべき負債だ。
もちろん、それだけではない。だが、それはスザク達や一般の国民の耳には入らないだろう。
「……民衆にはさほど負担が行かないようだな」
報告書に目を通したC.C.がそうつぶやく。
「すべては上が決めたことだもの。それに、今の中華連邦の民衆は搾取されるだけの存在だったから」
マリアンヌがそう言って笑った。
「お仕置きは上の連中だけで十分よ。決して民衆には手出しさせないわ」
それも今回の講和条約の条件の一つに入っている。彼女はそう言った。
「ちゃんと監視のものは手配しているわ──V.V.が」
さらに彼女はこう付け加える。
「なら、心配はいらないか」
あそこの連中であれば無条件でV.V.の命令に従う。だが、念には念を入れて後で自分もそう銘じておこう、と心の中でつぶやいた。
「それと、あそこから子どもを一人もらってこようかなって」
「何でだ?」
「神楽耶ちゃんもいるでしょう? でも、アーニャはシャルルにとられちゃったし。だから、あの二人の護衛が出来そうな子をね」
護衛の件はスザクから提案されたものなのだろうか。だとするならば、彼が狙っているのは《ロロ》だろう。
「本当に難儀なことだ」
それもきっとルルーシュのためだろう。今のあの子は何も覚えていないのに、だ。
だが、もう一人の子どもはあの子を幸せにしなければいけないという義務に駆られているらしい。少しでも関係のありそうな人間を必死に集めようとしている。そして、優しい世界を作り上げようとしているのだ。口では否定しているが、やはり記憶は残っているのかもしれない。それとも本能か。その可能性は否定できないな、と心の中で苦笑を浮かべた。
だが、あの子どもは一番肝心なことを忘れている。
あの子が作り上げる優しい世界の中に自分は含まれていない。
「妙なところだけ似ているよ、本当に」
言葉とともに目の前におかれた皿からクッキーを一枚つまみ上げた。そのまま口の中に放り込む。
「これ、しょっぱいぞ」
次の瞬間、口腔内に広がったその味にC.C.は眉根を寄せた。
「珍しいことにあの子は失敗したのよね」
塩と砂糖を間違えるなんてベタなことを、とマリアンヌは苦笑を浮かべた。
「だから、シャルルに処分させようかなって思ったの」
「はぁ?」
何故、彼に。そう思いながらマリアンヌを見上げる。
「あの子に余計なことを吹き込んでくれた罰よ」
それがショックでルルーシュが失敗したのだから責任はシャルルにあると言うのがマリアンヌの主張だ。
「……あの坊やもとうとう自覚したのか?」
スザクに対する『好き』の意味に、とC.C.は目を細める。
「まだ独占欲と同じだけどね。時間の問題でしょう」
さらりとマリアンヌが言い返してきた。
「母親がこれか」
「母親だからよ」
「孫が見られないかもしれないぞ」
「大丈夫。それに関してだけはあいつらがいい仕事をしていてくれたわ」
「ほぉ」
いったい何をしでかしたのか、と少し興味が出てくる。だが、彼女がこんな表情をしているときは聞いても教えてくれないだろう。それに、どうせいずれわかる事だ。
「バカとはさみは使いようと言うが、あれらも無駄な割には有益な技術を編み出していたと言うことか」
その時まで楽しみにしていればいい。そう考えてこれだけを口にする。
「そうね。一番の難関はシャルルなんだけど……まぁ、なんとかなるでしょう」
「なんとかするの間違いじゃないのか?」
「だって、我が子の幸せのためだもの。当然でしょう」
そんな会話が交わされていたとは当人達は知らないだろう。
「何にせよ、ハッピーエンドは基本だな」
C.C.はそう言ってまた一つクッキーを口の中に放り込む。
「甘ったるい未来が待っているんだ。このくらいしておかんと胸焼けする」
このセリフにマリアンヌがこらえきれずに笑い声を立てた。
それから数年、ブリタニアと日本は平穏だった──エリアとEUの境を除けばだ。
だが、それは子ども達にはまだ関係のない話だろう。彼等には学ぶことが最優先だと周囲から判断されていたのだ。その中には悩むことも含まれていた。
17.05.03 up