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巡り巡りて巡るとき

37



 もうじき、すべてが大きく動いたあの年齢になる。
 だが、今の自分の周囲は平和だと言っていい。もっとも、一部を除いてはだ。
「ルルーシュ、どうしたんだろう。最近、ミスが多いけど」
 昼食後にナナリーの車いすを押しながらスザクは首をかしげる。
「本当にわかっていらっしゃらないんですか?」
 こう問いかけてきたのはロロだ。
「無理。スザクは自分のことには疎い」
 それにアーニャがこう言い返している。
「お兄さまがご自分で解決しなければいけないことですわ」
 そう言ってナナリーがスザクを見つめてきた。
「ですから、もうしばらく待ってあげてください」
 ご迷惑をおかけするかもしれないが、と彼女は続けた。
「……そのくらいはね」
 苦笑とともにスザクはそう言い返す。
「それよりも、あんまり明るいところにいると目が痛くなるよ」
 ナナリーの目が見えなくなっていたのは心的要因が大きいらしい。だから、それが解消された結果、彼女はまた世界を見ることができるようになった。ただし、七年近くその目は光を映していなかったせいで強い光に弱いらしい。だから、と思って声をかける。
「はい」
「大丈夫です。その点は僕が気をつけていますから」
 ロロがそう言ってほほえむ。本当に彼は穏やかな表情を見せるようになったな、とスザクは心の中だけでつぶやいた。
「そうだね。ロロが一緒なら大丈夫か。ルルーシュより厳しいもんね」
 ナナリーの健康管理に関しては、とスザクは笑う。
「そのために僕はここにいるのですから」
 ただ、どうしても彼は自分を一段下に置きたがる。
「そういうことを言うとマリアンヌさんにまた教育的指導をされるよ」
「今回で何度目です? お母様もそろそろ鬼モードに入りますよ」
 ナナリーもそれが気になったのか。脅すようにこう言った。
「マリアンヌ様の鬼モードはスザクでもダウンする」
「これが鬼畜モードになったら、次の日、ベッドから降りるのも一苦労になるけどね」
 その状況でさらに稽古が待っているのだ。はっきり言って地獄だと言っていい。
 それなのに、当の本人はけろりとしているのだ。ルルーシュは自分のことをよく『人外だ』というが、本物の人外は彼女ではないかといつも思っている。
 だが、それを口に出せばさらなる地獄が待っているだろう。そう判断をして普段は口をつぐんでいる。口にしても怒られないのは戦場にいるときだけだ。その場での『人外』呼びは彼女にとって褒め言葉らしい。
「……それは困ります。ナナリー様の護衛ができません」
 ロロはきまじめな表情でそう言ってくる。
「なら、少しだけ気をつければいいんじゃないかな? アーニャを見習えとはいわないけど」
 彼女はシャルルの前でもあまり態度が変わらない。それを許しているシャルルがすごいのか、それとも、と毎回悩むのだ。
「アーニャはこういう性格ですから。でも、嘘は言いませんし、相手が誰であろうと自分を偽ろうとしませんから」
 そういうところが信頼できると皆が考えているのだろう。ナナリーの言葉にスザクはそうかもしれないと思う。
「ロロもナナリーに対する気持ちは信用できるし。だから、あまり難しく考えない方がいいよ」
 それよりもルルーシュだよな、とスザクは口の中だけで付け加える。
 だが、ナナリーが『待ってほしい』というのであればそうした方がいいのだろう。
「ルルーシュもそう考えてくれればいいんだけど」
 無理だろうな、と代わりに口にする。
「主にお父様とお母様のせいですわね」
 ナナリーがあえてスザクが言わなかったセリフを平然と唇に載せた。
「本当に困った方々ですわ」
 そう言いながらも彼女の表情は優しい。それは間違いなく彼女が自分の両親を大切に思っているからだろう。
 あの頃の彼女はこんな風に自分の感情を表に出すことはなかった。
 そう考えれば今までのところ、自分の選択は間違っていなかったといえるのではないか。だが、逆に言えばそれだからこそルルーシュの言動が気にかかるのだ。
「何かミスしたかなぁ……」
 ルルーシュに関わることで、とため息とともにそっとはき出す。
「それもありませんから、安心してください」
 ナナリーが即座に否定してくれるが、素直に受け入れていいものかどうか悩む。
「本当にお兄様は、お父様と余計なところだけ似ています」
 さらに彼女は怖いセリフを口にした。
「……ルルーシュがいやがらない、それ?」
 最近、彼はシャルルに反発しているし、とスザクは心の中だけで付け加える。もっとも、それは一種の反抗期のようなものだ。あの頃のように憎しみの色は見えないからかまわないのではないかと考えている。
「自業自得です」
 きっぱりと断言をするナナリーに苦笑しか浮かんでこない。
「そこまで言うとは……ナナリーを怒らせたの、ルルーシュ」
「怒ってはいませんわ。あきれているだけです」
 それは間違いなく『怒って』いるんだろうとスザクは指摘しようとした。だが、それよりも先に迎えの車が四人の前に滑り込んでくる。
「ユフィお姉様がお待ちですもの。遅れないようにしないと」
 さらに彼女はこう言ってくれた。それに逆らうのもまずい。
「そうだね」
 何よりも、一緒に待っているであろうリ家のお后様が怖いと心の中でつぶやくスザクだった。

 女性陣から早々に待避したのは仕方がないことではないか。身分が高かろうと何だろうと会話の内容は井戸端会議に近い。親しければなおさらだ。その中に男一人というのは疎外感が強い。
 それがわかったのか。リ家のお后が逃げ出す口実をくれた。
 マリアンヌと違った意味で彼女は気遣いをしてくれる。それは遠縁とはいえ同じ血が流れているからだろうか。あるいは自分に聞かせたくないことを話しているからかもしれない。
 そんなことを考えながらスザクはリ家に残されていた蓮夜の残した日記を書き写している。あの時代の人間のせいか、彼の日記は見事な草書体で書かれている。そのせいで読めない部分が多いのだとか。
 確かにこれは癖をつかまないと難しいかもしれない。
 ともかく、と日本語で普通に書き写していく。内容としては主に失敗談が多いのはまだまだ国として未熟だったからか。それとも、信頼できる部下が少なかったからか。
 だが、この時代のV.V.は女性だったのか、と別の意味での新しい発見があることも事実。そして、コードが正しく受け継がれないこともあると理解できた。
「……コードか」
 それがある意味諸悪の元凶なのかもしれない。
 あれがなければ《ギアス》という存在も生まれなかっただろう。ギアスがなければ不幸にならずにすんだ人間も多いのではないか。
 それでも、それを必要とした人間もいるのだろう。
「今はルルーシュも《ギアス》を持ってないからいいけど……C.C.がいる以上、存在はしているんだろうな」
 ここ数年姿を見せない彼女が何をしているのか。それを考えると胃が痛くなってくる。
 それでも、ここにルルーシュ達がいる以上、敵に回っている可能性は低い。V.V.の存在は確認できていないが、シャルル大好きのままであればそちらも心配はいらないのではないか。
 だが、ほかにもコードを持っているものはいるはずだ。そちらが何をしてくれるかがわからない。中華連邦の日本侵攻に関しても、不自然なことが多すぎるし。
「そちらも調べてみないとだめかな」
 なんかいやな予感がするし、とため息をつく。
「本当、わからないことだらけだ」
 今回は自分にとってもルルーシュにとっても大切な存在は誰も死んでいない。日本とブリタニアの関係も良好だ。懸念があるとすれば、未だに行方がわからない澤崎の存在だろうか。だが、それもマリアンヌの存在に比べればが小さいだろう。
 それなのに、どうしてこんなにいやな予感が消えないのか。
「やっぱり、ルルーシュのせいだよな」
 ここしばらく避けられているような気がするのは間違いではない。その理由がわからないから、やっかいなのだ。
「いっそ日本に戻った方がいいのかもしれない」
 そうすればルルーシュのあの不審な行動も収まるのではないか。そう考えるくらい、ルルーシュの言動がスザクの心にとげのようにつき刺さっている。
 それから早々に逃げ出したいと思う自分にあきれるしかできなかった。

 しかし、こういう理由だとは、全く予想していなかった。




17.05.13 up
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