巡り巡りて巡るとき
38
「スザクが好きなんだ」
いきなり告げられた言葉の意味がスザクには理解できない。
「僕もルルーシュのこと、好きだけど?」
即座にそう言い返す。
あの頃のように憎む理由もない。幼い頃のまま、まっすぐに好意を向けてきたつもりだが、と思いつつ彼を見つめた。
「そうではなくて、だ」
珍しくも口ごもりながら彼は視線をさまよわせる。
「……その……だな」
「どうしたの?」
ここまで言いよどむとは、よっぽど話しにくい内容なのだろうか。だが、今回の自分と彼との間にそんな話があっただろうか。少なくとも彼が《ゼロ》だということはないはずだが。
それとも、自分が知らないところで危ないことをしているのだろうか。
だが、とすぐにスザクは思い直す。ルルーシュが危ないことをしていたとして、自分が気づかなくてもあのマリアンヌが気づかないはずがない。
だが、彼女は動いてはいない。ということは危ないことをしているとしても大丈夫な範囲なのだろう。
そうなるとルルーシュのこの態度の理由は何なのかがわからない。
「……ルルーシュがおかしかったのは今日だけじゃないか」
ここ最近、ずっとそうだったな。そう口の中でつぶやく。
本当に彼はどうしたというのだろう。
「好きって、それじゃ、どういう意味?」
ともかくこのままではらちがあかない。そう判断をしてスザクはルルーシュに問いかける。
しかし、だ。
その瞬間、ルルーシュのほほが朱に染まった。
「……えっ?」
予想もしていなかった反応に、スザクも目を丸くして固まる。
「ル、ルルーシュ?」
その、と口を開きかけるがうまく言葉が出てこない。だからといって、このままではいけないこともわかっている。
今までの経験から答えを見つけられないだろうか。
そう考えてスザクはその手の体験を思い出そうとする。しかし、考えてみればほぼ経験がないと言っていいことに、今更ながら気づいてしまった。
唯一思い出せるとすれば、あの始まりの日々に抱いた感情だろう。
ユフィに対して抱いていた好意と共犯意識、ナナリーに対して抱いた家族に対するそれ。そして、ルルーシュに向けられた幼い日々の甘酸っぱい好意と愛憎ない交ぜの激しい感情。
しかし、そのどれも今の彼の表情とは結びつかない。
一番近いのはと考えて思い浮かんだのはシャーリーがルルーシュを見つめていた時の表情だ。
「あれ?」
それが意味するところは、と考えれば答えはすぐに見つかった。しかし、それと現状とがうまく結びつかない。
「ルルーシュ、おまえ、女の子だったっけ?」
口から出たのは、こんな間抜けなセリフだけだ。
「何度、一緒に風呂に入ったと思っている?」
「だよね。ということは、やっぱり男……」
もちろん、そういうカップルがいることは知っている。実際、近くにも──全く脈がなかったとはいえとはいえ──そういう人種がいたのだ。そんな彼をからかったことも一度や二度ではない。
しかし、自分がその対象になるとは思ってもいなかった。
「……気持ち悪いか?」
おそるおそるといった様子でルルーシュがそう問いかけてくる。
その問いに、スザクは少し首をひねった。
好きか嫌いかといわれれば、好きだ。
では、少し進んでキスできるかといわれれば問題ない。
その先は……といわれても経験がないのでわからない。だが、別に裸を見てもいやではないし、触れられることを考えても気持ち悪くはない。
ただ、自分の好意とルルーシュのそれの差違がどれだけなのかがわからないのだ。
「とりあえず、気持ち悪くはないな」
脳内であれこれと妄想してみたが鳥肌が立つようなこともない。これを別の誰かにすれば即座に気持ち悪さが出てくるということは、ルルーシュは大丈夫な範囲内なのだろう。
「ただ、それとこれとは別問題だけど」
「わかってる」
スザクの言葉にルルーシュは即座にそう言い返してくる。
「それでも、いやがられないだけでも今はいい」
彼はそう言ってほほえんだ。その笑みがとてもきれいだと思う。
「……とりあえず、これで避けられなくなるんだよな?」
確認のために問いかけてみた。
「まぁ……多分」
つまり、未定な訳だ。スザクは心の中でそうつぶやく。それはきっと、自分の言動がどう変わっていくかわからないからだろう。そうも付け加える。
「とりあえず、僕を本気で好きにさせてみてよ」
そうすればすべてが解決するよ、と笑ってみた。
しかし、どうして自分がこんなことを言い出したのかがわからない。それでも口にしてしまった以上、開き直るべきだろう。
「そうだな。その方が俺らしいか」
うじうじしても仕方がない。ルルーシュもそう言って笑う。
ひょっとして、自分で自分の死亡フラグを立ててしまったのか。スザクがそう認識したのは彼の唇が自分のほほをかすめた瞬間だった。
「よかったのか?」
C.C.がそう問いかけてくる。
「何のこと?」
高く結わえていた髪を下ろしつつマリアンヌは聞き返す。
「ルルーシュのことだ。あれはシャルル以上に一途だぞ」
なんとかの一念岩をも通すというではないか。C.C.は言外にそう付け加えた。
「だからよ」
そう言いながら彼女へと視線を向ける。
「あの子のことだもの。反対すれば出て行くわ。それよりは認めた方がましだし」
それに、とマリアンヌは笑みを深めた。
「例の研究、ほぼ完成したのよね」
「あぁ。それでシャルルも折れたのか」
「そういうこと。皇と枢木の血はやっぱり必要らしいのよね」
「……運命を変えるためにはな」
そう言ってC.C.は視線をそらす。
「本当に、何を隠しているのかしら」
もっとも、それは自分たちにとってマイナスになることではない。それがわかっているからこそ、この程度で済ませているのだ。
「女の秘密を暴くのは無粋なんだぞ」
それがわかっているのか。彼女は彼女でそう言い返してくる。
「後は、あいつがいつ陥落するかだな」
楽しみにしていよう。言葉とともにC.C.はクッキーに手を伸ばす。
「結納の品を用意しないとだめかしら」
真顔でマリアンヌはそうつぶやく。
「嫁はルルーシュだろう?」
ポリポリと音を立てながらクッキーを租借するついでにC.C.が言い返してくる。
「……否定できないのが悲しいわ」
少しもそう思っていないとわかる声音でマリアンヌはそう言い返した。
本当に困った息子だ。そう思いつつも来るであろう未来が楽しみだとも思えてならない。
「ナナリーの相手も見つけないとね」
そちらの方が難しいかもしれないとマリアンヌは笑みに苦いものをにじませた。
17.05.20up