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巡り巡りて巡るとき

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 本当にいろいろと厄介事が押しかけてくる。
 一覧に書き出して見れば、その多さが改めて実感できた。
「どれから片付ければいいのか」
 小さな声でスザクはそうつぶやく。そして、自分の文字を一つ一つ指でなぞりながらもう一度確認をする。
「……神楽耶のことかな、やっぱり」
 彼女がEUの有力者吐根訳すことになれば皇が持っている技術があちらに流れかねない。
 その中には軍事利用されれば非常にやばいものも含まれているのだ。
 もっとも、とスザクは心の中でつぶやく。この世界でもニーナが研究しているあれが軍事転用されればまずいなどというものではないのだが。ただし、今のところ、それを知っているのは自分だけだ。だから、あえて好きにさせている。いずれはなんとかしなければいけないのだろうとは思う。だが、今はその時期ではない。
「本当に……あいつがえり好みしなければこんな事態にはなっていなかったのにな」
 手近なところで妥協しておけばよかったのに。神楽耶にしてみれば婿=子種のようなものではないか。そんなことまでつぶやいてしまうのは、立候補してきた相手の実家がそれなりの手練れだからだ。
 下手を打てば簡単に言質を取られてしまうだろう。
 神楽耶のことだからその可能性は低いかもしれないが、そのあたりの会話を想像するだけで胃が痛くなりそうだ。
「本当、厄介だよな。政略結婚って」
 いずれは自分もそうしなければいけないのだろうか。だが、ゲンブはもちろん、桐原からもそんな話は聞こえてこない。あるいは、今の自分の保護者がマリアンヌだからなのか。そうだとするならば、日本に帰ってからが怖い。
 その前にルルーシュとのことをなんとかしなければ。そう考えたからか。無意識にため息がこぼれ落ちた。
「ともかく、資料が足りないよな」
 高等部の図書館には一般的な資料しかない。
「大学部の資料を借りられないかな」
 もう少し詳しいことが書いてあるのではないか。
 だが、どうすれば自分が大学の図書館に足を運べるのだろう。
「……ルルーシュなら知ってるよな」
 少しためらいたくなったのはあの一件がまだ尾を引いているからだろう。普通にすると約束したのに、と我ながらあきれたくなる。
 それに、ルルーシュを悲しませたいわけではないのだ。
 あの頃のように憎む理由もない。普通の友達でいればいいだけだろう、と自分に言い聞かせる。
「聞きに行こう」
 優先順位が高いのは神楽耶のことだ。そうつぶやくと歩き出す。
 それに、とスザクは一瞬だけ自嘲の笑みを浮かべる。自分の感情を偽るのは昔から得意だったではないか。今回、それができないはずがない。そう続ける。
「どこにいるかな」
 自室か。それともナナリーとともにリビングか。そんなことを考えながらスザクは部屋を出た。

 正解は応接間でした。
「ちょうどよかった」
 スザクの姿を見つけたルルーシュが笑みを浮かべながら手招きをしている。
「紹介したい人間がいるんだ」
 その言葉にスザクは首をかしげた。自分が関わったことがある人間で出会ったことがないものがいただろうか。脳内でカウントしているうちに先日のマリアンヌとの会話を思い出す。
「わかった」
 おそらく『ジュリアス・キングスレイ』だろう。
 しかし、なぜ、このタイミングでという疑問がわき上がってくる。神楽耶とのことに関係しているのだろうか。そういえば婿候補として申し入れをすると言っていたということまで思い出されてしまった。
「でも、僕が会ってもいいの?」
「むしろあってもらった方がいろいろといい」
 今後のことを考えれば、と続けられたことからやはり予想は亜盾いるのかと納得する。
「かわいそうに。ある意味、人身御供か?」
 一度でも婚約話が出て破断したとなれば厄介ではないか。言外にそう問いかけた。
「本人も納得しているし……マルカル家とはちょっと因縁があるらしいから」
 詳しいことは本人に聞けばいい。そう言われてスザクはうなずく。
「そうだね。いろいろと話を聞いてみたいかな」
 マルカル家と因縁があるというのであれば、あちらの事情も知っている可能性が高い。その中に自分が知りたい情報もあるのではないか。
「大丈夫だろう」
 そう言ってほほえむルルーシュにスザクは少し目を細める。
「ジュリアス、スザクが来たぞ」
 それはきっと、逆光でまぶしかったからだ。他に理由はない。そう思うのだが、何かが引っかかっている。それがなんなのか、はっきりとはしない。だが、些細なことなのだろう。後回しにしてもいいはずだ。
 こんなことを考えつつ、スザクはルルーシュの後に続いて応接間へと足を踏み入れる。
 そこには自分たちと同じ年齢だと思われる少年がいた。
 ルルーシュと言うよりはマリアンヌに似ているような気がする。それでも、遠目にはわからないのではないか。違いと言えば彼の方が少し髪の毛の色が灰色ががっていることと、その瞳が紺青なところだろうか。
「ルルーシュよりはマリアンヌさんに似てる?」
 正直につぶやけばルルーシュも彼も苦笑を浮かべた。
「みんなは俺の方に似ているというのだが……」
「雰囲気がね。彼の方がとがっている。軍人か士官学校に通っているのかなって」
「その通りだ。マリーベル殿下と同級生だな」
 さすがだ、とジュリアスはうなずく。
「初めまして。枢木スザクです。お名前だけはお聞きしていました」
 スザクが先に口を開いた。
「ジュリアス・キングスレイです。それはルルーシュ様が目立たないようにされておられるからですよ」
 彼が出てくれば自分ごときはどうなるかわからない。その言葉に嘘はないようだ。
「そう言うな。シュナイゼル兄上もコゥ姉上も、お前のことは高く評価しておいでだ」
「じゃ、卒業後は引く手あまただ」
「どうでしょうね。同じくらい恨まれていますから」
 無能ものに、と唇の動きだけで付け加える彼は、間違いなくマリアンヌの同類だろう。ルルーシュの甘さがない。
「そんな有能な人間を神楽耶の人身御供に差し出していいの?」
 もったいない、と言外に付け加えれば二人は目を丸くした。
「皇だからいいんだろうが」
「確かに。あの方の夫の座はある意味将軍職に勝るかもしれない」
 その表情のまま二人はこう言い返してくる。
「……でも、ある意味飼い殺しになるよ?」
 神楽耶の好みを反映すれば、とスザクは苦笑を向けた。
「神楽耶様の好み?」
「顔はそこそこ、頭脳レベルはトップクラス、そのうえで出しゃばらずに自分の邪魔をしない男……だったかな?」
 要するに、自分の隣にいても見劣りせずに、それでいて自分を立ててくれる男がいいらしい。あくまでも皇の投手は自分だと言っているのだ。
 ジュリアスの才能が有効利用されるとは思えない。されたとしても、功績はすべて神楽耶のものになる。それに我慢できるかどうかが夫婦生活を続けられるかどうかの大きな分かれ目ではないか。
「さすがは神楽耶様、というところか?」
 ルルーシュのセリフは褒め言葉なのか?
「婚約話は脇に置いておいて、一度お目にかかりたいな」
 ジュリアスはジュリアスでそう言っている。
「……ブリタニアの皇族の血統って皇の血が濃いほど好みが微妙になっていくのかな?」
 そんな彼らを見つめながらも、スザクはこうつぶやいてしまった。




17.07.05up
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