PREV |NEXT | INDEX

巡り巡りて巡るとき

42



「大学の図書館よりは士官学校か、あるいは太陽宮の図書室の方が資料が豊富だろうな」
 皇の話題からEUのそれへと移ったところでスザクは自分の希望を口にした。それに対する答えがこれだ。
「でも、僕じゃ閲覧許可が下りないだろう?」
 さすがに、と付け加える。
「大丈夫だとは思うが……一応許可をもらっておくか」
「その方がいいでしょうね。どこにでも使えない馬鹿はいますから」
 どうやらジュリアスはルルーシュよりも毒舌らしい。
「厳しいね」
「……士官学校にいればいやでも目にしますから」
 スザクの言葉に彼は即座にそう言い返してくる。
「やっぱりいるんだ、そう言うの」
 貴族の子弟? と聞き返せばジュリアスは意味ありげな笑みを浮かべた。
「マリーも苦労していそうだな。あいつは母君に似て美人だから」
 ルルーシュはルルーシュでこんな感想を口にしてくれる。
「むしろ、皇族で美形じゃない方っているの?」
 自分が顔を合わせたもの達は皆美形ばかりだったが。特に女性陣は甲乙つけがたいのではないか、と続けたのは、誰に聞かれるかわからないからだ。
「……顔立ちは皆様整っておられますね」
 体型はともかく、と教えてくれたのはジュリアスである。
「あぁ……節制できないタイプの方がいらっしゃるんだ」
「その通り。しかも、士官学校に通っておいでだ。取り巻きに囲まれているから、俺たちには気づいてないがな」
 きっと、マリアンヌに報告が行っているだろう。そう言って彼は笑い声を漏らした。
「お前が送っているんだろう?」
「俺も、ですよ。他にも数名、マリアンヌ様からお声をかけていただいたもの達がいます。後はマリーベル殿下ですね」
「なるほど。選別中と言うことか」
 マリアンヌらしい、とスザクはうなずく。
「使えるものは早々に囲い込んで使いつぶさせないようにしたい、というところだろう」
 馬鹿では扱いきれないだろうし、とルルーシュも笑う。
「何よりももったいないです。有能なものはそれに見合うだけの地位に就かないと」
 馬鹿はどうでもいいけど、と言い切るジュリアスにスザクはうなずく。
「婚約云々は置いておいて、きっとジュリアスは神楽耶に気に入られるだろうな」
 日本人であれば無条件で婚約させられるだろうが、と続ける。
「それは良かったのか悪かったのか……微妙なところだな」
「嫌われるよりはましかと」
 ルルーシュの感想にジュリアスが言葉を返した。
「そうだね。後は囲碁か将棋を覚えていけばあちらには邪魔されないんじゃないかな?」
 チェスが得意なら将棋の方がいいのではないか。そう続けた。
「確かに。あの頃から神楽耶様はそれなりにお強かった」
 ルルーシュもそう言ってうなずく。
「ゲームの最中に割り込んでくるのは無粋ですからね。確かにゆっくりと話をするにはいいかもしれません」
 要するにマルカル家との婚約さえ整わなければいいのだ。その邪魔をすることに全力を注ごう、とジュリアスもうなずく。
「日本語が読めるなら、入門書があるけど……いる?」
「貸してください。面白そうだ」
 即座に彼はこう言い返してくる。
 これは間違いなく神楽耶に気に入られるな。そんな確信がわき上がってくる。
 本当に彼が日本人だったならすべてが解決するのに。そうすれば、厄介事が片付いただろうな、とスザクは心の中でつぶやいていた。

 EUとブリタニアの対立はかなり根深い。
 元々、エリザベス3世がナポレオンにより北アメリカに亡命したのが始まりだ。そして1813年にブリタニア公リカルドが王位継承し『神聖ブリタニア帝国』を建国した。彼がブリタニア一世でルルーシュ達の直接の──といっては語弊があるかもしれないが──の父祖だ。
 それからブリタニア国内では内乱だの何だのがあった。皇と枢木の人間がこちらに来てクレア・リ・ブリタニアを助けていたのがこの時期だと聞いている。その内乱にはEUが関わっていたらしい。いくつかあった有力貴族に武器や資金を流して内乱をあおる。そして国力をそいで、と考えたのだろう。というより、連中は日本でも似たようなことをしていたらしいのだ。ブリタニアに渡った皇と枢木の一族と日本に戻ったもの達が何とか連携をとってそれを退けたらしい。その方法が残ってないのは残念だ、とよく桐原のじいさんがぼやいていたのを覚えている。
 今でも民主主義とは言いながらもブルジョアだけが政治を動かすような社会になっているらしい。
 それだけではなく、ブリタニアの戦争をそのための手段として使っているのだ。今ですら資本の比率が一部のブルジョアと庶民で9:1だというのに、さらに資財をためようというのだろうか。あきれたくなる。
 だが、それもあの国の人間が選んだことならばかまわない。今の自分にはそれを糾弾する理由も権利もないのだ。
 問題があるとすれば、ただ一つ。
「ずいぶんとまたあそこの日本人コミュニティは中華連邦との関係が深かったんだな」
 今もそうかどうかはわからないが、少なくとも七年前まではそうだった。
 時期を考えればあの紛争があった頃だ。
「……まさかとは思うけど、可能性は否定できないかも」
 あの男なら十分やらかしそうだし、とため息をつく。
「ともかく、マリアンヌさんに相談だね」
 言葉とともに手元にあった本を閉じる。そのまま初夏に返そうと立ち上がった。
「何かくさいと思えば、猿がいるぞ」
 そのとき、こんな言葉が飛んでくる。
「なぜ、猿をここに入れた? 猿に高尚な知識は必要ないだろう?」
 さらに声の主は司書に向かってこんな暴言を告げてくれた。
 もちろん、このくらいで怒りを出すほど未熟ではない。逆に反応する方が相手を増長させることを知っている。だから、あえて無視した。
「貴様! ここは貴様のような猿が使用していい場所ではないのだぞ」
 そんなスザクの反応が気に入らなかったのか。男は彼の方に歩み寄ってくる。
「確かに、この場に猿は必要ないな」
 決して声を荒げていないのによく響く声が耳に届いた瞬間、男の動きが止まった。
「よかったよ、スザク君。行き違いにならないで」
 そんな男の前でわざとらしいまでに大げさな身振りを付け加えつつスザクの肩に手を置いたのは、クロヴィスだった。
「クロヴィス殿下。ルルーシュでしたら先にアリエスに戻っているかと」
「知っているよ。でも、何の用事もないのに顔を見に行くといやがられるからね」
 だから、口実になってくれないかな? とクロヴィスがほほえんでみせる。それに周囲にいた女性陣がほほを赤らめた。
「そのくらいはかまいませんが」
「すまないね」
 では行こうか、と告げる彼にスザクはうなずく。
「先に書架に本を片付けてきます」
 体の向きを変えれば先ほどの男の顔が確認できる。そこに浮かんでいたのは憤怒だ。素直に自分の非を認めていればよかったのに。彼は終わったな、と思いながらスザクは足早に書架へ向かった。




17.07.10up
PREV |NEXT | INDEX