巡り巡りて巡るとき
47
シャルルの用事はスイーツバイキングのことだった。
「……確かに、これならば王宮の料理人にもひけをとらぬの」
余分に買ってきておいた焼き菓子を食べながらシャルルがうなずく。
「親しいものだけでひっそりでもいいですが、やはり父上にも参加していただきたいですし……ナナリーやカリーヌ、ユーリアはなかなか父上にお目にかかれませんから」
少しだけ目を伏せながらルルーシュが言い返す。
「そうか。では、時間をとってやらねばの」
言葉とともにシャルルはそばに控えていた秘書官へと視線を向けた。
「バイキングに関わるもの達の選定もありますので、一月ほどお時間をいただければ可能かと思われます」
事前に話が伝わっていたのだろう。彼はよどみなくそう言い返す。
「お后様方への招待状も一週間前までにはご用意できるかと」
「それでよかろう。どうせ、子供達から話が伝わるであろうしな」
彼女らもそのつもりで事前に用意を進めて奥だろう。シャルルはそう言ってうなずく。
「では、そのように準備をさせていただきます」
その言葉を残すと彼は部屋を出て行った。
「お前も食べるがよい」
次の瞬間、壁際で控えていたビスマルクにそう声をかける。
「いえ……私は、先日、ノネット達から土産にもらいましたので……」
休みを融通した礼だとか、と彼は続けた。
「もっとも、ドロテア達にほとんどとられてしまいましたが」
それだけではなく、ブラッドリーは今度おごることを約束させられていた。苦笑とともに彼は言葉を重ねる。
「さすがのあれもおなごには勝てぬか」
いや、彼女たちの場合、おねだり=物理だからではないだろうか。スザクは心の中でそうつぶやく。
「さすがはマリアンヌさんの弟子」
とりあえずこう言ってみる。
「余計なところだけ似たような気もするけど?」
「まぁ、いいんじゃない?」
士気が下がらなければ、とスザクは笑う。
「逆に上がっているからかまわないかと」
女性のスイーツにかける情熱を彼女たちも持っていたのだろう。ビスマルクのその言葉に他の三人はなんと言い返せばいいものか悩んでしまう。
「……ねだられるのはジノだろうからいいけど」
自分でなければ、とスザクはついつい本音を口にしてしまった。
「ジノも打たれ強さが必要だからな」
それにビスマルクが同意をしてくれる。
「あいつなら大丈夫だろう」
ルルーシュの言葉にそろって首を縦に振って見せた。あるいは、さじを投げたと言うべきか。本人に気づかれないならそれで十分。そう考えていたことも誰も否定しないだろう。
シャルルとのお茶会を終わらせ、アリエスに帰ろうとしたときだ。
「……ん?」
妙な気配を感じてスザクは足を止める。
「誰だったかな」
さっきに似たそれの持ち主を自分は確かに知っている。だが、それが誰なのか、すぐに思い出せない。
「どうかしたのか、スザク」
立ち止まった彼を不思議に思ったのだろう。ルルーシュが問いかけてきた。
「ちょっと、ね」
そう言いながら彼は周囲を見回す。
基本的にここの使用人達は必要がない限り皇族の前には姿を現さない。マリアンヌの養い子という立場のスザクに対しても同様だ。
しかし、だ。
今、一瞬だが使用人らしき姿が確認できた。そして、その隣にどこか見覚えがあるような人影も、である。
「誰かいたんだよ、あそこに」
もう姿は見えないが、と続けた。
「……そんなことはないはずだが」
「確認できないの?」
なんかいやな予感がするんだけど、とスザクは告げる。
「今ならまだ、兄上がいらっしゃるな」
少し考えた後でルルーシュがそう言う。
「監視カメラの映像をチェックできるように許可をいただこう」
「いいの?」
「お前のカンは母さんも認めているからな」
マリアンヌに認められていることを喜べばいいのか、それとも、と悩む。だが、今はそれがありがたい。
「なら、お願い」
あの気配の主が誰だったのか。それさえ確認できれば少しは気が楽になるはず。
だが、どうしても不安が消えない。逆に強くなっていくのはどうしてなのか。
「行くぞ」
そう言うとルルーシュが先に立って歩き出す。
「ちょっと待って」
そんな彼の後をスザクは慌てて追いかけた。
結論から言えば、そこにいたのは不審者などといったレベルの人間ではなかった。
「……灯台もと暗しって、こういうことを言うのかな?」
真顔でスザクはそうつぶやく。
「本当に、我が国の出入国管理はどうなっているのかしら」
その隣でシュナイゼルの代わりに状況を確認しに来たカノンがあきれたようにため息をついている。
「あそこまで顔が変われば、すぐにはわからないのかもしれないですよ」
ブリタニア人の中には『日本人どころか東洋人の顔の区別なんてつくわけがない』と豪語している人間もいるのだ。スザクのこの言葉にカノンのため息が深くなる。
「あるいは、だ」
眉間を指で押さえつつ、ルルーシュが口を開く。
「どこかの馬鹿どもが陛下や兄上方を蹴落とすために引き込んだとか?」
普通なら『あり得ない』といえる内容だ。
しかし、ブリタニアならそうも言い切れない。建国してたかだか二百年ほどの間に九十八人も皇帝が代わっているのだし、とスザクは心の中でつぶやく。
「思い当たる方が多すぎていやですわ」
カノンもそう言ってうなずいている。
「ともかく、早急に確認だな。それと、あいつの居場所も探らないと」
ルルーシュがそう言いながら立ち上がった。
「母さんにも報告をするぞ。それが一番早い」
「そうですわね」
自分もシュナイゼルに報告に行く。カノンもそう言って行動を開始する。
「本当、油断がならないやつだな」
そう言いながら、スザクはモニターをにらみつけた。
澤崎敦。
日本を中華連邦に売り渡そうとした男の姿がそこにはあった。
17.09.10up