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巡り巡りて巡るとき

51




 藤堂が来たからと言って、自分たちの生活に大きな変化が出るわけではない。
「オルフェウス、悪いがルルーシュを頼む」
「護衛だから、それはかまわないが……何が?」
 ルルーシュに聞かれた場合、答えなければいけないから。言外に彼はそう問いかけてくる。
「マリアンヌさんからの呼び出し」
 あっさりと言い返せば彼の表情に微妙な同情心が浮かんだ。
「……頑張ってくれ」
 その表情のままこう言われても苦笑しか返せない。
「もうなれたよ。七年近くも一緒に暮らしているから」
 ルルーシュそれだけで納得してくれる程度には、と続けた。
「そうか」
 その言葉とともにオルフェウスはスザクの肩をたたいてくる。
「殿下のことは任せておけ。馬鹿は近づけない」
「あぁ。頼む」
 校内ではさほど心配はないだろうが下校時が怖い。そう続けるとスザクはまっすぐに管理棟へと向かう。そこに迎えが来ているはずなのだ。
 来ているとすれば誰だろう。そう思いながら通路を歩いていたときだ。視界の隅を見覚えのある緑がかすめた。
「……C.C.?」
 なぜここに、と思う。
 いま、彼女がここに来る理由はないはずだ──ただ一つの状況を覗いては──
「まさか」
 ルルーシュに何か厄介事が迫っているのではないか。
 しかし、それをどうやって確かめればいいのだろう。
「マリアンヌさんなら知っているだろうけど……」
 さて、どうしようか。持っている携帯端末で連絡は取れなくはないが、とスザクはしばし考える。だが、C.C.を見てしまった以上、無視することもできない。
「不審者を見かけたから遅れると言えばいいか」
 それは十分に重要な案件だろう。自分の中で折り合いがつけば行動に移るのは難しくない。即座にポケットから端末を取り出してマリアンヌのアドレスを呼び出す。
「……ガニメデで暴れていなければいいけど」
 そうつぶやきながらスザクは彼女の端末へと連絡を入れた。

 結論から言えば、この呼び出し自体、誰かが仕組んだことだった。
 呼び出されていなかったというわけではない。ただ、下校してからイルバル宮殿へ顔を見せればいいだけだったようだ。それがどこかで『至急』の言葉が付け加えられたらしい。
『録音まで残っているなら、間違いないわね』
 回線の向こうでマリアンヌがため息をつく。
「えぇ。あれからすべての連絡を保存しておくようにしてよかったです」
 高等部の校舎へと戻りながらスザクはそう言い返す。
『全くね。とりあえず、誰がスザク君に連絡を入れたのかはこちらで確認しておくわ』
 徹底的に、とマリアンヌが告げる。それがどのような意味を持っているのかわからないはずがない。
 だが、相手に対する慈悲はスザクにもなかった。
「お願いします。あぁ。校舎の前ですのでここで一回切ります」
『わかったわ。あの子をよろしくね』
 それだけ言い残すとマリアンヌは通話を終わらせる。無駄な引き延ばしをせずにあっさりと終わらせてくれる彼女は本当にありがたい。
「当然です」
 スザクのその言葉を合図に通話が終わる。それを確認して、彼は端末をポケットに突っ込んだ。
「どこにいるんだ?」
 あの魔女は、と表情をそぎ落としながらつぶやく。
「ルルーシュ達を探した方が早いかな?」
 C.C.の動きは時々自分の想像の範疇を超える。それを予測するよりも自分がよく理解できている彼らの方へと回った方が確実だろう。
「今の時間は何の授業だっけ」
 こういうとき、学生は楽だ。学校にいる間のスケジュールがほぼ決まっている。だが、それは襲撃するがわからしても都合がいいと言うことでもある。
 アッシュフォード学園のセキュリティはルルーシュとナナリーが在籍していることでかなり厳しい。だが、皇族かそれに準ずる存在が的であれば突破することは不可能ではないと言うことだ。
 ひょっとしたら自分たちが気づいていない盲点もいくつもあるのかもしれない。それに関しては後でもう一度確認してみよう。
 しかし、今はルルーシュの安全が第一だ。
「ナナリーがいないときでよかった」
 彼女は検診のために入院中だから通学していない。だから、万が一のことがあっても彼女が危険にさらされることはないはずだ。
 考えてみれば病院のセキュリティは皇族の住む離宮と同レベルだ。他の皇族であろうと手出しできるはずがない。だからすぐにこちらを狙ったのかと納得する。
 どちらにしろ、今回で終わらせないといけないだろう。無駄に引き延ばしても精神的に疲弊するだけだ。
 他にも考えたいことがたくさんあるのに、と心の中でつぶやいたとき、ルルーシュとの関係をどうするかという問題を思い出してしまう。
 嫌いじゃないのは事実だ。
 むしろ、これだけ一緒に暮らしているのだ。愛情に近い感情を抱いていると断言できる。
 しかし、それが恋情なのかと問われると自信がない。
 だからといって家族というのともちがうし。
「……多分、やろうと思えば、今のルルーシュ相手ならできると思うけど……それがそういう感情から来ているのかどうかわからないし」
 そうでなかったときにルルーシュが傷つくだろうし、とつぶやく。
 何かそれは自分がいやなのだ。
 しかし、その理由がわからない。
 どうしてそう考えるのだろうか、とため息をついたところで、今はそれどころではないと思い直す。
 ともかく、今は危険を排除することの方が優先だ。
 だから、と強引に思考を切り替える。
「今の時間は音楽のはずだから、特別棟か」
 不幸中の幸いか。それならば万が一の時に守らなければいけない人数が少なくてすむ。
 そうでなかったとしても目撃者は少ない方がいいだろう。ルルーシュの身分を隠し続けるのならばなおさらだ。
 だから、と教室へと向かっていた行く先を変更する。
 渡り廊下を抜け、特別棟の入り口へと足をかけたときだ。悲鳴が耳に届く。
「遅かったか?」
 ったく、とつぶやきながら声の方向へと駆け出す。
 廊下の角を曲がれば教室の入り口が見えた。そこには武装した数名の男達の存在が確認できる。
 あちらもスザクの存在に気がついたのだろう。銃口を向けてきた。それに壁を蹴ることでフェイントをかける。
 一息に近づいて、男の手首を蹴り上げると同時に銃身をつかんだ。そのまま無言で奪い去ると、今度は体をひねって相手の後頭部を蹴りつける。
 白目をむいたのを確認して、次の相手へと突きを繰り出した。
「こいつ!」
 男達の意識がスザクに集中する。
 それを好機ととらえたのか。室内でオルフェウスが動いたのがわかった。
 だが、それは悪手だ。
 護衛ならばどのようなときでもその対象から離れてはいけない。他の誰かの命が失われそうなときでも、だ。
 だが、彼はそういう教育を受けてきていなかったのか。
 あるいは、自分自身の技量に自信があったのか。
 そのどちらが正しいのかはわからない。
 しかし、その隙を突いて男達の一人がルルーシュへと向かっていく。
「危ない!」
 目の前の男の金的を蹴りつけると、前のめりになったその背中を足がかりにルルーシュのそばへと飛ぶ。そして、彼に襲いかかろうとしていた男の脳天へと遠慮なくかかとを落とした。
 それからもう一人には男が落としたナイフを投げつける。それが相手の肩に刺さったところでオルフェウスが後ろから殴りつけた。
 これで全員だろうか。
 一瞬だが、そう考えたことで意識がそれたのだろう。
「スザク、危ない!」
 あるいは、相手がよく知っている教師だったから油断をしてしまったのか。
 まさか彼がルルーシュを害する陣営の人間だとは思ってもいなかった。そのことを後悔したのは、教師が隠し持っていたナイフがルルーシュの腹部に刺さったその瞬間だった。
「ルルーシュ!」
 反射的にスザクは教師を殴り倒す。
 そして、崩れ落ちようとしていたルルーシュの体を両手で抱きしめた。




17.10.27up
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