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巡り巡りて巡るとき

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 ブリタニア国内での反乱分子の捕縛は迅速に終了した。だからといって、これですべてが終わったわけではない。一番重要な澤崎本人の身柄はまだ確保できていないのだ。
「……EUへの報復も考えておかないとね」
 まだ暴れたりないのか。マリアンヌが物騒なセリフを口にしてくれる。
「全面戦争はまずいのではないですか?」
 まだ、とスザクはそんな彼女に問いかけた。
「そうなのよね。残念」
 よかった。まだ強襲しないだけの理性は残っていたか。そう思ったのは自分だけではないとスザクは断言できる。
「まぁ、やらなきゃないことがあるからいいけど……日本側ともあれこれと調整しないと」
 澤崎の息子の身柄についてとか、と彼女は続けた。
「とりあえず、命だけはある状態で引き渡していただきたいのですが……」
 本音を言えば五体満足で、と藤堂が口にする。
「多少のけがはいいんでしょう? 爪の一枚二枚とかがなくなるとか、歯の一本ぐらいがかけるとか」
「そのくらいであれば、とりあえずは」
「では、そのレベルで収めるように言っておくわ」
 藤堂の言葉にマリアンヌはそう言ってうなずく。ただし、薬は使うわよ……と付け加えたのは、情報が必要だからだろう。
「裁判で受け答えができるならばかまいません」
 その裁判を受けた後には一生刑務所で暮らすことになるはずだ。藤堂の言葉にスザクもうなずいてみせる。
「澤崎の方はお好きにされてかまいません。あの男は日本国民ではありませんので」
 亡命した時点で、と藤堂は言い切った。
「息子の方はまだ日本国籍を持っていたんですか?」
「すでに結婚していたからね」
 もっとも、その後で離婚されているが。スザクの問いに彼はそう教えてくれた。
「あぁ。結婚した時点で戸籍が分けられるんでしたね」
 日本では、とスザクはうなずく。だから、とりあえず連座は避けられたのだろう。しかし、その結果がこれではとあきれたくなる。
「あそこは家長制が未だに色濃く残っている家だったからね。当主である澤崎の言葉が絶対だったと教え込まれてきたのだろうね」
 澤崎の家は中途半端に名家だったのだろう。
 自分や神楽耶であれば『当主が愚かなことをし出したら蹴落としてでも止めろ』と教育されている。それが家を守ることにもなるから、と。おそらく桐原をはじめとした六家の他の家も同じような教育をされてきているはずだ。
 ブリタニアほど極端ではなくても、そう言われている家は日本でもそれなりにある。もちろん、当主の才能がそれなりであれば従うことはやぶさかではないのだ。
 それをはき違えるとこういうことになる。
「……成り上がりに多いパターンですね」
「普通なら鼻で笑われるセリフだが、君ならば誰も文句は言えないね」
 千年以上も続いている家の当主だから、と藤堂も笑って見せた。
「そういうところはちょっとうらやましいのよね。ブリタニアにはそんなに続いている家はないし……」
「EUにも少ないだろうな」
 マリアンヌとコーネリアもそう言ってうなずいている。
「だからこそ、ブリタニアでは《皇》の血を尊ぶのだろうな」
 皇は日本の中でももっとも古くから続いている家だ。そんな家の人間がまだブリタニアが《帝国》ではなかった時代に皇女を助け、彼女が皇帝の座につくのを手助けした。その事実が今でも歴史に強く刻まれている。だからこそ、歴代の皇帝も日本を取り込もうとはしても侵略しようとしなかったのだ。
 コーネリアの言葉を聞きながらも、スザクはその違いの大きさに内心驚いていた。
 すべての始まりであるあの時では、ブリタニアの歴史からはその事実は完全に消されていた。その後、皇から嫁いだ后妃とその子供のこともだ。
 マリアンヌは間違いなく彼女たちの血を引いていたのだろう。
 血が混ざればその身にまとう色素が薄くなることが多いとか。あるいは隠すために色を変えていたのかもしれない。だが、それも何か──おそらく、シャルルが即位することになった一件か、それに類する騒乱──でその言い伝えが途絶えたのだろう。
 しかし、今はその血を誇れる。
 本当に大きな違いだ、と心の中だけで付け加えた。いったいどこでここまで大きな差ができたのだろうかとすら思う。
 もっとも、その要因は簡単に推測できた。
 あのピザ好き魔女だろう。
 彼女が積極的に歴史に介入したのではないか。
 しかし、それはなぜか。今ひとつ理解できない。彼女にとってそうしなければいけない理由などなかったような気もする。
 いや、自分が知らないだけで彼女にはそうしなければいけない理由があったのかもしれない。
 問題はその『わからない』と言うことが怖いという事実だ。
 後でとんでもないしっぺ返しが待っているような気がしてならない。
 だが、それもあくまでも仮定だ。今は考えない方がいいような気がする。
「問題の皇子様はどうなりました?」
 あちらが逃げても問題ではないか。思考を切り替えるためにこう問いかける。
「確保済みだ。その母君や取り巻きも含めてな」
「ギネヴィアが直々に動いたから問題はないわね」
 継承権でも上位の第一皇女が出てきては、貴族達も反抗できなかったのだろう。
「なら、そちらは問題ありませんね」
 軍も動くことはないだろう、とうなずく。
「では、ブリタニア国内でのことは終わりですか?」
 とりあえず、とスザクは続けた。
「そうね。後は残党狩りだから、私たちが出る幕はないわ」
 もっとも、とマリアンヌは続ける。
「戦えない子達の周囲は固める必要があるでしょうけど」
 自暴自棄になった馬鹿が玉砕覚悟で反撃しかねない。そのときに狙われるのが力ないもの達だ。彼女はそう続けた。
「矜持があるならそんな手段は使わないのだろうが……」
「一発逆転を狙うならありでしょうね」
 混乱に乗じて一発逆転を狙うという手段もあり得る。もっとも、限りなく成功率は低いだろうが。
「ともかく、ここにいても仕方がないわね。一度戻りましょう」
 一休みしてから次の動きを決めましょう、とマリアンヌは言う。それでも十分だろうとも。
「そうですね」
 馬鹿を泳がして一網打尽にしてもいいだろう。コーネリアはそう言って笑った。
「クロヴィスにも手柄を立てさせないと」
「それが一番難しいことかもしれないわよ」
「わかってはいますが……少しは成長してもらいたいですから」
 彼の才能は芸術方面にあると言うことはすでに皆が知っている。それでも多少は武勲を立ててもらわないと困るのだ、とコーネリアは言う。
「兄上方の下につくにしても、全く軍事面で使い物にならないと言われるのはあの子のためになりません」
「……それを補える騎士がそばにいればいいのではないでしょうか」
「そうなんだがな……いい人材がいない」
 クロヴィスを隠れ蓑にして好き勝手されても困る、とコーネリアはため息をつく。
「何よりも、あの子はあれで人見知りだからな。せっかくの相手も受け入れない可能性がある」
「ガブリエッラがもう少し武人の子供を取り込んでおいてくれればよかったんだけどね……まぁ、そのあたりは私の方でも探しておくわ」
「お願いします」
 勝手に人事を決めていいのだろうか。そんなことを考えつつ藤堂へと視線を向けた。そうすれば、彼が苦笑を浮かべているのが見える。
「どこでも人事には苦労しているようだな」
 そうつぶやく彼の言葉に微妙な悲哀が見え隠れしているのはどうしてか。あえて追求したくないスザクだった。

 一発逆転を狙うのはブリタニア国内に限ったことではない、とスザクが知ったのは翌日のことだった。考えてにれば、それは澤崎陣営にもいえることだった。
「……ユーロ・ブリタニアから揺さぶりをかけてくるとは」
 スザクの護衛についてくれていたジェレミアがそうつぶやく。
「陽動でしょうか」
 スザクの言葉に彼はうなずいてみせる。
「マリアンヌ様はそう考えておいでだ」
 小物を泳がせて一網打尽を狙ったら大物が出てきた。そういうところか。
「……澤崎がいるかどうかを確認してもらって……それからですね」
 同行しているなら、一気にたたく。そうでなければ居場所を探さないといけないだろう。
「マリアンヌ様もそうおっしゃっていた。本当によく似てきたな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
 彼女のレベルまで達していないと思うけど。それでも、今までの経験を足しても追いつけない相手だ。少しだけうれしいと思ってしまったのも事実だった。




18.02.17up
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