巡り巡りて巡るとき
58
「澤崎も同行しているようだぞ」
いったいどこで調べてきたのか。C.C.がそう言いながら姿を現す。
「と言うよりも強引に連れて行かれたようだな」
さらに彼女はそう付け加えた。
「よほど信用されていないらしいわね」
あきれたようにマリアンヌがそうつぶやく。
「当然でしょうね」
「旗色が悪くなればすぐに逃げるからな、あいつは」
それはあちらも感じているのだろう。だから逃げられないように前線へと連れ出した。おそらく周囲には護衛という名の監視もいるはずだ。
スザクと藤堂が口をそろえてそういえばマリアンヌは納得したというようにうなずく。
「もっとも、あの男は油断がなりません。ちょっとでも隙があれば護衛を懐柔するぐらいするでしょう」
藤堂の言葉にマリアンヌは考え込むような表情を作った。
「安心しろ。あそこにもV.V.の手の者がいる。そいつらに監視させるように言っておこう」
「そうね。彼らなら心配いらないわ」
C.C.の言葉にマリアンヌは少しだけ安堵の色を顔に浮かべる。
「後はシャルルからの命令が出ればいいんだけど……情報収集はコーネリアとシュナイゼルに任せてあるから心配いらないはずだし」
さらに彼女は指を折りながらそうつぶやく。おそらく自分の中でやるべきことを整理しているのだろう。
「……日本への根回しをお願いしたいのですが」
不意に藤堂が口を開く。
「政府への非公式の訪問でもよいので、どなたか足を運んでいただければあちらも安心するかと」
「そうね。誰がいいかしら」
うかつな人間は回せないし、とマリアンヌは考え込む。
「クロヴィス殿下ではだめですか? 確か、来年、日本の国立博物館と帝国博物館の間で宝物を交換して展示する予定がありましたよね? その打ち合わせと言う名目なら日本国民は怪しまないと思いますが」
ルルーシュ達とのお茶会でクロヴィスがうれしそうに話していたことを思い出しながらスザクは提案をする。
「日本側としても軍事的な意味での動きを期待していないでしょうし」
必要ならそれなりに有能な騎士をサポートにつければいいだけだ。
何よりも、クロヴィスのあのいかにも《皇子様》と言った容姿は日本国民──何よりも女性陣──に受けるだろう。
「口実としては十分だね。それに、来年の話をするために行くのであればブリタニアの余裕を見せつけられるか」
感心したように藤堂がうなずいている。
「あの子のことだから、そのまましばらく帰ってこないかもしれないけど……確かに適任ね。後はジュリアスと合流させれば神楽耶様とも連絡が取れるでしょうし」
あの子をあちらに行かせておいて正解だった、とマリアンヌはそう続けた。
「シャルルに提案してくるわ。二人は休んでいてね」
そのまま彼女は立ち上がる。
「おい、私は?」
自分の名前がなかったことが不満なのか。C.C.がこう問いかけた。
「もちろん、同行してもらうわよ。あちらにはV.V.もいるでしょう?」
言葉と同時にマリアンヌが彼女の耳をつかむ。はっきり言って、あれは痛い、と他人事ながら考えてしまう。
「少しぐらい休憩しても問題はないだろうが」
「あなたは少しぐらい忙しい方がいいのよ」
その言葉とともにマリアンヌがC.C.を引っ張りながら移動し始める。
「……あの厳しさは見習うべきか……」
「千葉さんと朝比奈さん相手ならいいんじゃないですか」
「そうだな」
その後ろ姿を見送りながら、二人はこんな会話を交わしていた。
ユーロ・ブリタニアの地を踏むのは何度目だろうか。もうすでに覚えていない。だが、その印象は毎回違う、とスザクは心の中でつぶやく。
「それにしても、どうして僕までここにいるんでしょうね」
最初の予定ではブリタニアに残るはずだったのに、とスザクは首をかしげる。
「本国においておくとちょっとやばそうだったのよ」
マリアンヌが即座に言葉を返してきた。
「シャルルもいつでもそばにいられるわけじゃないし、あそこはあそこで伏魔殿だもの。預けるのは難しいわ。かといって、コーネリアのところもねぇ。ユーフェミアの婚約話が出ているから難しいし、シュナイゼルは忙しいもの」
だから、自分のそばが一番安全だと判断したのだ。そう続ける。
「ロイドがおとなしくしてくれているならシュナイゼルのところでもよかったのかもしれないけど」
その言葉だけでロイドが何を画策していたのかが想像できてしまった。
「まだあきらめていなかったんですか、あの人」
彼が開発したナイトメアフレーム──ここでも《ランスロット》と呼ばれているそれのテストパイロットをスザクに任せたい。彼はそう言ってだだをこねているらしい。
「あれのパイロットはマリーベル殿下に決まったと聞いているのですけど」
「そうなんだけどね……彼にすればスザク君の方が数値が上だからあきらめきれないらしいの」
コンマ数パーセントの違いでも彼には大きなものらしい、とマリアンヌが苦笑を浮かべた。
「スザク君がブリタニア人なら何も言わないんだけど、枢木の当主にそんな役目を押しつける訳にはいかないわ」
ブリタニアの貴族であれば軍務も義務だといえるのだけど、と彼女は続ける。
「もっとも、私としてももったいないと思うのよね。スザク君はナイトメアフレームの操縦も面白いように身につけてくれたし」
それは過去に何度も必要があって操縦した経験があるからだ。それがランスロットだったこともあれば、無頼や月下、紅蓮弐式だったこともある。だから、今回もそれほど苦労はしなかった。
「いざというときにルルーシュとナナリーを守るのが僕の役目ですから」
使えるものは何でも使えるようにしておきたかっただけだ。スザクは日本人得意の曖昧な笑みとともに言葉を返す。
「それは頼もしいわ」
「ロロもいい練習相手ですし」
彼の操縦は今も昔もトリッキーな点がある。それは彼の持つギアスのせいなのか、それとも性格なのか。どちらにしろ、訓練という点では問題ない。
それに時々コーネリアが加わるのだ。いやでも成長するよな、と少しだけ遠い目をする。
「とりあえず、グロースターを一機、確保しておくわ。いざというときには使いなさい」
「僕としてはサザーランドでも十分ですけど」
「いいから。コーネリアがわざわざ用意してくれたのよ。遠慮しないで使いなさい」
そう言われてはこれ以上誇示することもできない。
「わかりました。澤崎をおびき寄せるえさの特典だと思っておきます」
スザクがこういったときだ。こちらに向かってくるユーロブリタニアの高官の姿が確認できた。
「まだ生きていたのね」
その隣にいる人物の姿を認めてマリアンヌはほほえむ。
「あの子がいるなら話が早いかしら」
そうだといいけど、と告げる彼女の声をスザクは黙って聞いていた。
さすがに軍議までは立ち会えない。それはかまわないが、することがないのは暇だ、とスザクは思う。
「……澤崎の居場所だけでもわかればな」
あれこれと裏で動けるのだろうが、とため息をついた。もっとも、それをマリアンヌが許してくれるかどうかはわからない。
後できそうなことは、と考えて何気なく視線を棚へと向ける。
そこには数冊の本が置かれていた。
「地図でも眺めておくか」
その中の一冊を手に取るとスザクはライディングデスクへと向かう。いすに腰を下ろしデスクに本を置いた。
地図を選んだのは記憶の中のものと変わらないか確認をしておきたいと、そう考えたのだ。万が一のことを考えてしまうのは、既に習いせいになっている。マリアンヌがいる以上、ここで自分に何かしようとするものは少ないだろうとも。
もっとも、それも完全ではない。
別の意味で自分にちょっかいをかけたい人間はいるようだ。ノックの音を聞きながらそんなことを考える。
「どなたでしょうか」
無視をするわけにはいかないだろう。そう思って問いかける。
「あぁ、すまんな。ミケーレ・マンフレディという」
その名前には聞き覚えがあった。
「元ラウンズの?」
反射的にそう聞き返す。
「おぉ。覚えていてくれたか」
うれしそうな声が伝わってきた。
「することがなくて暇だろうと思ってな。訓練の誘いに来た」
その言葉に反射的にドアを開けてしまった自分は悪くないはずだ。
「いいんですか?」
「かまわん。俺がついているからな」
その言葉に無意識のうちに笑みがこぼれ落ちる。やっぱり座って本を読むよりは体を動かしている方が性にあうのだ。
「ただ……うちの連中から勝負を挑まれるかもしれんが」
申し訳ない、と付け加えた彼の態度から判断して何かを言ってしまったというところか。
「それは逆にありがたいです」
自分のことを妙に持ち上げないというのであれば、純粋に勝負をしてくれそうだ。そうすれば自分の実力が客観的に判断できる。スザクはそう言って笑う。
何よりも下手に手加減されるよりよっぽどましだ。
「そういうところは変わってないな」
微苦笑とともにマンフレディがそう言ってくる。
「マリアンヌさんが厳しいですから」
下手につけあがれば鉄拳などといったものではない制裁が待っているし、と付け加えた。
「この前もブラッドリィ卿が馬鹿をやってマリアンヌさんにナイトメアフレームで追い回されていました」
実際、あれはちょっと凄かった。そうつぶやきながらスザクは遠い目をする。
「……あいつは……」
その光景が想像できたのか。マンフレディは眉間に手を当てている。
「もっとも、その後でバルトシュタイン卿に稽古でぼこぼこにされていましたけど」
女性陣からは冷たい視線を向けられていた。あれはそっちの趣味がある人間でなければきつかったのではないかと思える。
「それで懲りていればいいが」
「無理でだろうな、と言うのが俺とジノの結論です」
「そうか」
無駄な抵抗はやめておけばいいものを、と彼はため息をつく。
「そういう話も面白そうだ。一汗流した後に聞かせてくれるかな?」
「はい」
言葉とともにスザクはマンフレディとともに訓練場へと向かった。
ナイトメアフレームではなく生身での訓練はあちらには予想外だったらしい。しかし、自分は──今生では──騎士ではないのだから操縦するわけにはいかない。こっそりと基本だけは教えてもらっているが、とマリアンヌにばれたらそれも禁止されるだろう。そう説明することで納得してもらった。
「……しかし、見事に若い連中ではかなわないか」
訓練場の床に座り込んでいるもの達を見つめながらマンフレディが苦笑を浮かべている。
「まぁ、これで身の程を知っただろう。明日からはびしびしとやれるな」
「その前に馬鹿をなんとかしないとだめだけどね」
「っ!」
背後から響いてきた声にマンフレディだけではなくスザクも肩を揺らす。
「マリアンヌさま……」
「会議は終わったのですか?」
にこやかな表情を作るとスザクはそう問いかけた。
「とりあえずはね。結局おびき出さないとだめみたいよ」
潜んでいる地域はわかってもどこに潜んでいるのかがわからない。しかも人口密集地なだけにうかつな攻撃もできないのだ。マリアンヌはそう言ってため息をつく。
「これからコーネリアに連絡を取って軍の諜報部を動かしてもらうけどね」
居場所さえ特定できれば急襲できるし、とマリアンヌは笑う。
「そうそう。白兵戦と隠密行動が得意な人間をピックアップしておいてくれる? 同行させるから」
そういうことも経験しておけばいざというときに役立つだろうし、と彼女は付け加えた。
「わかりました」
マンフレディがあっさりとうなずく。
「ただし、あなたは禁止よ」
だが、その後に続けられた言葉に彼はショックを隠せないようだ。
「当然でしょう? あなたがついてきたら、誰が残っているもの達に指示を出すの? 連れてきた子達もあなたなら従うはずよ」
本国を離れたとはいえ、それだけの実績を彼は積んできている。何よりもマリアンヌの弟子の一人だと言うことが大きいのではないか。スザクはそう判断をする。
「スザク君のことを任せられるのはあなただけだし」
そう付け加えられてはマンフレディも陥落しないわけにはいかなかったようだ。
「わかりました」
深いため息とともに彼はうなずく。
「それも、相手の居場所がわかってからのことだけどね」
マリアンヌはそう言って笑う。
「そうそう。明日、歓迎の宴を開いてくれるそうよ。私としてはそんなの面倒くさいだけなんだけど、そういうわけにはかないこともわかっているわ。と言うことで、エスコートはスザク君、お願いね」
ダンスもあるから、と付け加えられてスザクはほほを引きつらせる。
「……ダンス、苦手なんですけど」
「大丈夫よ。ユフィ相手に踊っているレベルで十分」
どうせ、一曲は大公と踊らなければいけないだろう。スザクはその間、マンフレディのところに避難していればいい。彼を盾にすれば女性陣もそれ以上近づけないだろうし、とマリアンヌは笑う。
「うちの子にうかつな連中は近づけさせられないもの」
政略結婚はもちろん、既成事実も作らせないわ。そう言い切る彼女に知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
「頼もしいです」
その表情のまま、スザクはこう口にした。
18.02.25up