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巡り巡りて巡るとき

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 マリアンヌからの合図とともにマンフレディ達が動き出す。彼らの技量であれば何の心配もいらないはずだとは思うが、どうしても不安が抜けないのはなぜだろう。
 何よりも、だ。
 何度経験しても戦闘になれることはない。
「……人の生き死にが関わっているからか?」
 それとも、とは思う。だが、答えが出ない問題だと言うこともわかっていた。
 それでも考えずにいられないのは、この場の空気のせいだろう。
「いやな空気だよな」
 首筋がちりちりとするような気配が消えない。
 これは何かが起きる前触れだろう。
 普通ならばこんなセリフを口にすれば笑われるだろう。しかし、何度目かの時のルルーシュが『お前は理屈で考えるよりも本能で感じたことの方が正しいんだから、自分の勘を信じろ』と言ってくれた日からそうするようにしている。
「どこかに伏兵でもいるのかな?」
 それとも、と思ったときだ。視界の隅で何かが動く。
 木の枝が風で揺れたのか。そう思ったが、どこか不自然だ。
「……ノネットさん」
 そばに待機していた彼女にそう声をかける。
「どこだい?」
 即座にノネットはそう聞き返してきた。
「右手側の斜め後ろですね。微妙ですが葉っぱの動きがおかしいです」
 こういうときに疑わずにまずは聞いてくれるのが彼女とつきあいやすい理由なのだろうか。
 視線を動かすことなく気配だけで周囲を探っているらしい彼女の横顔を見つめながらスザクはそんなことを考える。
「あぁ。確かにいるね」
 ただ、と彼女は続けた。
「気配が薄い。よっぽど訓練を積んでいるとみえる」
 厄介だな、と彼女は苦笑を浮かべる。
「捕まえますか?」
 たぶん可能だと思うが、とスザクは問いかけた。
「敵対行動はとってないからね。とりあえずはいいことにしておきな」
 こちらの情報は与えていないんだし、と彼女は続けた。
「ユーロの機体は本国のものと同じでは?」
「グロースターは第五世代とはいえ一般機だからな。基本的スペックがばれたところで数の強みが残っている」
 それに指揮官クラスはカスタマイズしている人間の方が多い。
「そういえば、ジェレミアさんもロイドさんにあれこれ注文をつけていましたね」
 ロイド本人は改造よりも新型機の開発を進めたがっていたが。満足できるパイロットが見つからないせいで、自分にあれこれとまとわりついてくるのも毎回のことだ。
 いっそ、マリアンヌにランスロットを預ければいいのに、と思う。
 しかし、そうすればルルーシュの胃壁だけではなくシャルルのそれも貫通しかねないと誰もが認識している。だから、シュナイゼルあたりで握りつぶされているのだろう。
「まぁ、私たちがそばにいられない以上、彼にはがんばってお二人を守ってもらわないとね」
「ユフィもよく顔を出しますしね」
 どうやら、最近はアリエスで寝泊まりしているらしい。それはきっと、ルルーシュが入院しているからだ。ナナリーのそばにいて彼女を支えていてくれるのだろう。
 本当にルルーシュはもっと、自分が周囲に支えられていることを自覚すればいいのに。
 そう口にすれば、きっと『そういうお前はどうなんだ』と言い返されるされるに決まっている。もっとも、父を除いた面々に支えられていることはよくわかっている、と胸を張って言い返せるが。
 少なくとも、今はこの世界では疎外感を感じたことはないし、と続ける。
 ある意味、自分にとっても優しい世界かもしれない。
 ただ、と心の中で付け加える。その背後にあの魔女がいるのならばちょっと釈然としないかもしれないが。
「まぁ、みんな仲良しでいいですよね」
 一部だけかもしれないが、と心の中だけで付け加えた。
「そうだな」
 仲がいいのが一番だ、と口にしながらノネットはさりげなくホルターから銃を抜く。スザクもポケットから親指の先ほどの金属のつぶてを取り出した。
「指弾かい?」
「町中ならこれが一番目立ちませんから」
 ルルーシュの身の安全を守るのに、とスザクはうなずく。
「僕が拳銃を持って歩くわけに行きませんし、刀剣はなおさらでしょう?」
「まぁね。そのあたりはヴァルトシュタイン卿に相談しておこう」
 せめて銃ぐらいは持ってないとね、と言いながら彼女は振り向く。スザクもまた同じ方向へと体を体の向きを変えるとそのまま指先で金属のつぶてをはじいた。その後に続いてノネットの銃が火を噴く。
 一呼吸ぐらいおいた後で何かが地面に落ちた。
「おとなしく監視だけしていれば見逃してやったのに」
 急所は外れていたのだろう。うずくまっている相手に向かってノネットがそう言い放つ。
「エニアグラム卿!」
 そこでようやくミカエル騎士団の従士達が姿を見せた。
「拘束しておけ」
 そんな彼らにノネットはなれた様子で命令を下す。
「あぁ。最後の悪あがきをするかもしれませんから、上から網でもかぶせてしまってください」
 スザクも何気なくそう付け加える。その瞬間、うずくまっていたはずの人間が立ち上がった。
「冗談だったんだけどな」
 そのつぶやきとともにスザクは地を蹴る。
 
 一足飛びに距離を縮めると、そのまま下からあごを蹴り上げた。
 うまくヒットしたのか、相手の意識が一瞬、飛んだらしい。
 その瞬間を狙って足払いをする。
 地面に倒れ込んだところで後ろ手に拘束した。
「すみません! すぐに対処できなくて」
 ようやく我に返ったらしい従士達が駆け寄ってくる。
「それにしてもよく気がついたねぇ」
「日本ではドラマの定番だったんですよ。昔の副将軍が引退後諸国漫遊しつつ世直しをするって言う」
 筋書きはワンパターンだったが、その単純さと勧善懲悪が大好きでよく見ていた。その中の隠密がよく使う手段だったのだが、とノネットの言葉に答えを返す。
「おそらくですが、澤崎が捕まったら口封じをする予定だったんでしょう。僕がここにいるのに気づいて欲をかいたんじゃないかな?」
 EU側としては澤崎が予想以上に使えなかったから次の手駒がほしかったのではないか。枢木の息子ならそれにうってつけだと考えたのだろう。
「……バカだねぇ。そんなことをすればマリアンヌ様が本気でぶち切れるのに」
「ですよねぇ」
 そうなったら殲滅かなぁ。そう付け加えるスザクの言葉にうなずいてくれたのはノネットだけだった。




18.03.25up
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