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巡り巡りて巡るとき

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 澤崎の処刑の知らせが届いたのは先ほどのことだ。
「適当なところで妥協しておけば良かったものを」
 ため息とともにゲンブがそう告げる。
「おぬしのようにか?」
 それが耳に届いたのだろう。即座に桐原が聞き返した。
「否定はしませんよ。そうすれば命だけは助かったでしょうに」
 中華連邦の衰退を招いたあげく、EUからも見捨てられた。そして、最終的には命まで失ったではないか。
「生きていれば新しい楽しみも見つかるものです」
 そう続ければ、桐原から生ぬるい視線を向けられる。
「おぬし、変わったのぉ」
 そのまましみじみとした声音でそう言われた。
「今の嫁のせいですな」
 完璧に尻に敷いてくれている。おかげであまり派手に遊ぶことができなくなったのだ、と続ける。
 もっとも、だからこそ一つの成果を得るために小さなことを積み重ねていくという新たな楽しみを得られたのだが。
「孫ができたときには、自分が作った花にその子の名をつけてやりましょう」
 そのために、さらにいい花を生み出せるようにしなくては。そう続ければ微妙な視線が向けられる。しかし、ゲンブはそれを無視することにした。
「今、一番の楽しみは孫の誕生ですからな」
 たとえ疎遠にしている息子の子であっても、と続ける。
「……確かに、孫はかわいいものだからの」
 しかし、これは彼も否定するつもりはないらしい。
「そういえば、神楽耶様のお相手は決まったのですか?」
「まだだ。あれこれとごねておる」
 あれにも普通の娘らしいところがあったのだな。恋に恋しておるわ、と続ける言葉とは裏腹に桐原の表情は優しい。
「そんな娘らしいところがあっても良いのではないですか?」
「そうだの」
 とりあえず、一つ厄介事が片付いたからか。桐原もあっさりとうなずいている。
 どちらにしろ、自分が表に出ることはないのだ。ならば、後は次世代に任せればいいだろう。重荷を負わずにすむというのは本当に気が楽だな、とゲンブは苦笑を浮かべながらつぶやいた。

「懐かしいお花ですね」
 そう言いながらナナリーは指先で花弁をなぞる。
「そうだね。ナナリー達が日本にいた頃に何度か摘んできたっけ」
 わりと好きな花だから、二人にも好きになってほしかったんだ。そうつぶやきながら日本から送られてきたそれらを眺める。検疫だのなんだのはどうしたのかはわからないが、神楽耶から送られてきたそれらは今にも花開きそうだ。
「これならルルーシュが退院する日には咲いているのがたくさんあるかな」
 本当は病室に持って行こうかと思っていたのだが、神楽耶に怒られたのでやめたのだ。
 ブリタニアではどうかは知らないが、日本では病室に鉢植えを持って行くのは失礼を通り越して忌み嫌われる行為らしい。それは病室に『根がついて』しまうから、と言うことに通じるからと言うことだ。
 蛇足だが、同じようなもので、日本では富貴菊呼ばれるサイネリアも、本来の名前であるシネラリアが『死ね』に通じるからダメらしい。だがブリタニアでは花言葉が『いつも愉快』という花言葉からまもなく全快するから、元気でいてね」というお見舞いの言葉とともに贈れば喜ばれる。風習とは相変わらず面倒くさいものだ。
 ともかく『鉢植えの方が長持ちするからいいじゃん』というスザクの意見は神楽耶の背後に浮かんだ般若にたたき壊されたわけだ。仕方がないから、退院したときに花束にでもして贈ろうかとせっせと世話をしている。
「でも、どうしてこのお花なんですか?」
 ナナリーがまっすぐにスザクを見つめながら問いかけてきた。
「色がルルーシュの瞳の色に似ているだろう?」
 ほかにもナナリーやユーフェミアの瞳の色に似ている花もある。
「ルルーシュはあれで寂しがり屋だから、喜ぶかなって思ってね」
 もちろん、それだけではない。
 色のことを言えば竜胆でも良かったのだ。しかし、そちらも神楽耶に却下されてしまった。
 理由は、と聞けば『花言葉がふさわしくありません』と言われてしまう。スザク個人としてはどうでもいいことでも、女性である彼女には違ったらしい。
 もっとも、花言葉を聞いた後では納得できたが。
 さすがに『悲しんでいるあなたを愛する』というのは、今の彼にはふさわしくない。これが一番最初の時のルルーシュならばあるいは、と思ったかもしれないが。
 では、ほかに紫系の花はと考えたところで桔梗になったのだ。
 紫っぽい花ならばスターチスとかもあったのだが、やはり日本で昔から植えられている花を贈りたかった。
 何よりも、その花言葉が神楽耶の琴線に触れていたらしい。
 しかし『これに恋文を結びつけて差し出してくださるなら見直すものを』と言うセリフは誰に向けてのものなのか。気にはなったが、あえて聞かないことをスザクは選択した。下手に口を突っ込めばあれこれとこき使われるのは目に見えていたし、と心の中で付け加える。
 それに、確かにその花言葉は今の自分がルルーシュに手渡すのにふさわしいと納得したのだ。
「永遠の愛」
 それが恋愛なのか友愛なのか、今でもわからない。
 あの時の身を突き破るような憎悪は時折頭をもたげようとしてくる。
 だが、人は憎悪と愛情は表裏一体だという。
 本当にどうでもいい相手ならとっくに忘れているだろうと。
 確かに、これだけ何度も出会いと別れを繰り返していても、結局は嫌いになれなかったのだから否定はできないのかもしれない。
「お兄様はスザクさんが用意してくださったものなら何でも喜ぶと思います」
 そんなことを考えていれば、ナナリーの柔らかな声が耳に届く。
「そうかな?」
「絶対です」
 ナナリーが断言してくれる。それならば大丈夫だろうか。
「デモ、すてきです。私もそんな風にお花を贈ってくださる方がほしいです」
 そう言いながらナナリーは自分のほほに手を当ててほほえむ。
「ほしいなら探してきて贈るけど……僕じゃダメなんだよね?」
「だって、スザクさんはお兄様のですもの」
 私だけを『好きだ』と言ってくれる人からほしい、とナナリーは言う。
「大丈夫。きっとナナリーにもそう言ってくれる人が見つかるよ」
 ハードルはものすごく高そうだけど、と心の中で付け加える。彼女の恋人になる前に、ルルーシュとシャルル、そしてマリアンヌの目にかなわなければいけないのだ。
 そんな人間が果たしているのかどうか。
 いや、ナナリーを本当に大切にしてくれるとわかればルルーシュとマリアンヌは妥協してくれるだろう。妥協してくれないのはシャルルだけかもしれない。だが、最終的にはマリアンヌがなんとかしてくれるのではないか。
「だから、ナナリーは笑っていればいい」
 ダメでもロロがなんとかしてくれるよ、と付け加えておく。
「そうですね。ロロがいますね」
 それでいいのかと言いたくなるくらいナナリーはあっさりとうなずいてみせる。
 なんだかんだ言って、彼女もやっぱりマリアンヌの子供なんだなぁ。意味もなくスザクはそんなことを考えていた。




18.04.09up
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