PREV | NEXT | INDEX

お隣のランペルージさん

03


「とりあえず、買い物に行ってみましょう」
 手荷物を片付け終わったところでルルーシュはオデュッセウスにそんな提案をする。
「買い物? ここに呼ぶのではなくて?」
 オデュッセウスが目を丸くしながら聞き返してきた。
「近くにスーパーがあります。食材ならそこで十分です」
 それに、とルルーシュはほほえむ。
「そういう場所であればここの平民達の生活水準がわかります」
 ブリタニアのそれと比較することも可能でしょう。ルルーシュはそう続けた。
「なるほど」
「それに、そういう所にはいろいろな人が集まります。それを自分の目で見ることも大切だと母さんが言っていました」
 そう続ければオデュッセウスは小さくうなずく。
「人間観察の場になると言うことだね?」
「はい。ブリタニアでは兄上のお顔は知られていますが、日本なら大丈夫だと思います」
 おそらく見えないところに護衛がついてきているだろう。だが、それはオデュッセウスに伝えなくてもいいのではないか。
「それはうれしいね」
「ただ、別の意味で周囲に人が集まる可能性があるかと」
「……どういう意味かな?」
「お兄様はかっこいいと言うことです」
 自室の片付けが終わったのか。ナナリーがそう言いながらオデュッセウスに抱きついてきた。
「かっこいい? 私がかい?」
 その言葉は予想していなかったのか。オデュッセウスは驚いたようにナナリーに聞き返している。
「はい。オデュッセウスお兄様はかっこいいです」
 ナナリーはそう言い切った。
「……私はごく普通だと思うのだが」
 かっこいいというのはシュナイゼルやクロヴィスではないのか。オデュッセウスはそう続ける。
「兄上。あのお二人は目立つだけです。それに、かっこいいの定義は一つではありませんから」
 そうでなければ、マリアンヌとコーネリアの二人はどうなる。国中から男である他のもの達を差し置いて『凜々しい』だの『かっこいい』だのと言われているではないか。ルルーシュは真顔でそう付け加える。
 かっこいいの定義が一つであれば、そうならないのではないか。
「確かに。言われてみればそうだね」
 あの二人にそれ以外の形容詞はすぐに出てこない、と納得されていいものか。ルルーシュはふっと不安になる。だが、ここにはその対象者がいないのだからかまわないかとすぐに考え直した。
「それに、兄上も父上に似て背が高いではありませんか。日本の女性は背が高い男性を『かっこいい』と言うことが多いと本に書いてありました」
 何よりも、とルルーシュは続ける。
「それに、ブリタニアの皇族は皆容姿が整っているそうです」
 まぁ、考えてみれば当然なのだが。
 シャルルの皇妃達を見てもわかるとおり、美人が多い。それは少しでも多く皇帝の寵愛を受け、子を産まなければいけない以上、仕方がないことではないか。
 もちろん、ブリタニアの国是は『力こそ正義』だ。そうでなければわずか200年ほどの歴史の中で98人も皇帝が変わるはずがない。その間にどれだけの人の血が流れたことか。
 逆に言えば、そんなブリタニアで三十年以上も皇位に着いているシャルルの為政者としての才能は傑出しているのだろう。
 ともかく、そういうことだからブリタニアの皇族や上位の貴族はだいたい美形だ。確かにオデュッセウスはシュナイゼルやクロヴィスみたいな華やかさはない。だが、彼の場合親しみやすいのだ。
「その中でも兄上は親しみやすいと国民から思われておいでです」
 それは日本でも同じなのではないか、とルルーシュは言う。
「私はオデュッセウスお兄様のおそばにいると安心できます」
 お母様やお兄様とは別の意味で、とナナリーが無邪気に告げる。
「それはうれしいね」
 兄弟達の中でも最年少と言われるグループに属している彼女の言葉に、オデュッセウスは相好を崩す。
「あぁ、ルルーシュ。もう少し言葉遣いを崩してかまわないよ。クロヴィスと話す程度でかまわない」
 その表情のまま、オデュッセウスはこう言ってきた。
「兄上?」
「ここでは皇位継承権の順番など関係ない。三人だけの兄弟というのによそよそしいのは悲しいね」
 自分もクロヴィスみたいにもっと甘えてほしいと思っていたのだ、と彼は続ける。
「わかりました。努力します」
 そう言っても当分は無理だろうな、とルルーシュは思う。
 彼が兄であることは理解している。だが、身分に差があるのだと言われ続けてきた。
 クロヴィスやコーネリア達、それにマリーベル達は母君から『そんな口調を続けているなら会わせないわよ』と言われたから普通に話すことができる。
 しかし、その上の三人はどうしても無理なのだ。特にギネヴィアがそういうことに厳しかったし。
 もっとも、それと愛情がないと言うことは別問題だ。
 彼女は自分たちが攻撃される要素を一つずつつぶして言ってくれているだけに過ぎない。それがわかっているから、嫌うと言うことも考えられないのだ。
「努力じゃなくて絶対だよ、ルルーシュ。せめてナナリーぐらいには砕けてくれないと話を聞かないよ」
 せっかく余計な人目がないところにいるのだから。オデュッセウスはそう言うとルルーシュの体を抱え上げる。
「兄上!」
 それにはルルーシュの方が驚く。
「コーネリアがしているのとみてね、一度やってみたかったのだよ」
 そう言って彼はほほえんだ。
「お兄様だけずるいです! 私もだっこしてください」
 それを見ていたナナリーがこう言いながらオデュッセウスにまとわりつく。
「順番にね。二人同時は、ちょっと難しいかな?」
 そう言うと、彼はルルーシュの体を下ろす。そして代わりにナナリーの体を抱き上げた。
「お膝ならお兄様もご一緒できます」
 オデュッセウスの耳に唇を寄せながら彼女はこうささやく。
「それはいい考えだね」
 彼もまたうれしそうな表情でうなずいて見せた。

 数日後、そのときの写真がシャルルの執務室に飾られていたことはルルーシュ達が知らない事実だった。



18.06.27 up
PREV | NEXT | INDEX