お隣のランペルージさん
04
財布を確認して三人は家を出る。
「鍵をかけないと」
そのまま歩き出そうとしたオデュッセウスとナナリーを止めるとルルーシュはポケットから鍵を取り出した。
「いちいちそんなことをするのかい?」
「ここには門番も護衛もいませんから」
明日あたりにはオデュッセウスのフォローのための人員が派遣されてくるだろう。あるいはすでにゲンブが手配しているのかもしれない。
しかし、それをオデュッセウスに伝える必要はないだろう。
シャルルとマリアンヌに自分が命じられたことはただ一つ。一般市民としての生活をオデュッセウスに体験させることなのだ。
そのためならば多少の無礼もかまわない。シャルルにそう言われている以上、厳しいことも言わせてもらおうとルルーシュは考えていた。
だが、オデュッセウスにはその必要がないらしい。
「あぁ。確かにここではそうだね」
「私たちはもちろん、お兄様のお顔を知るものもいませんもの。襲われる可能性は低いのではないですか?」
ナナリーも彼を見上げながらこう言った。
「枢木殿のことですから見えないところで護衛をつけてくださっているのではないかと」
さらにこう告げればとりあえずオデュッセウスは納得したらしい。
「自分の手でいろいろしなければいけないのは大変だけど、興味深いね」
そしてそんな感想を漏らす。
「買い物が終わったら料理が待っています。コーヒーも自分で淹れなければ飲めません」
料理はともかくコーヒーメーカーの使い方は覚えてくださいね、とルルーシュはほほえむ。
「頑張るよ」
とりあえず豆と水をそれぞれ所定の場所に決まった量を淹れてスイッチを押すだけだから大丈夫だと思いたい。後片付けは自分がやればいいのだし。
でも、不安がぬぐえないのはなぜなのか。
「お兄様。今日のご飯は何でしょう?」
ナナリーが話題を変えようとするかのように問いかけてくる。
「ここは漁港が近いから鮮度がいい魚が売られているらしいよ。だから、魚のソテーと、にんじんのグラッセとマッシュポテト……後はサラダとスープに、おいしそうな果物があればそれをデザートにと思っているよ」
かまいませんよね、とオデュッセウスに視線を向けた。
「そんなに作れるのかい?」
「はい。母さんが好きなので」
その言葉の裏に隠れている意味に彼は気づくだろうか。
「……そうか。では、楽しみにしておこう」
まずは買い物だね。そういうオデュッセウスの手をナナリーが引っ張る。
「行きましょう」
その仕草に無意識に笑みが浮かんでいた。
美形であれば日本人だろうとブリタニア人だろうとかまわないとは思わなかった。
「あなたたちね。新しいおうちに引っ越してきたのは」
「まぁまぁ、可愛らしいこと。兄妹かしら」
「こちらの方はおじさま?」
気がつけば周囲は様々な年齢の女性陣に囲まれている。しかも、皆、興味津々といった様子で問いかけてきた。
「でも、ブリキでしょう? 言葉わかるの?」
その中には当然、侮蔑の言葉も含まれている。それはきっとルルーシュ達にはわからないと思っているからだろう。
「三人とも兄妹です。ただ、上の兄上とは母が違うので」
こういう相手は自分たちの悪口が相手に伝わっていると知れば口をつぐむものだ。だから、とルルーシュは即座に言い返す。
「あら、日本語が上手ね」
「僕と妹は日常会話には困りません。兄上は片言程度ですね」
全くわからないわけではない、と言外に告げた。そうすれば、予想通り何人かが気まずそうな表情を作っている。
「ブリタニア人なのにすごいわね」
「ひいおばあさまが日本人ですから。私たちはおばあさまから日本語を習いました」
「うちにはいろいろと日本の本などがあるからね。兄上はそれで日本に興味を持ったと言っていました」
だから、こちらの大学に留学しに来たのだ。そう続ける。
「あら……そうなの?」
「ご両親は?」
「二人とも仕事の関係で来られません。なので、母の親戚が枢木様にあれこれと頼んでくださいました」
こう付け加えたのは、自分たちが何かあったときに出てくるのは《枢木》だと知らせるためだ。これで少しは嫌がらせが減るだろう。
「ところで、よろしければ今が旬の野菜がなんなのか、教えていただけませんか?」
ついでにおばさま方を一人でも味方につけられればいい。そう思ってこう問いかける。
「今の季節なら、何かねぇ」
「あぁ、タケノコがおいしいよ。食べたことがあるかな?」
「タケノコならスーパーよりも道の駅の方がいいんじゃない? 取り立てだし」
そんな会話を拝聴していたときだ。
「なんでお前達がばあさん連中に囲まれてるんだよ」
そんな声が耳に届く。同時に人混みの間からスザクが姿を見せた。
「買い物に来たら捕まっただけだよ」
とりあえずこんな説明を口にする。
「あぁ。ここ、一番近いもんな。なら、案内してやるよ」
そう言いながら、なぜか彼はルルーシュの手首をつかんだ。そのまま歩き出す。
「お、おい!」
「父さんに言われたからな。とりあえず面倒を見てやる」
そう言いながら彼は女性陣をにらみつけた。その瞬間、波が引くように女性陣が離れていく。
「次からはうちの誰かに声をかけた方がいいぞ」
そうでなければ解放されないから、とスザクは言う。
「……ここではどのようなものがどのくらいの値段で売られているのかを知りたかっただけなんだが」
ルルーシュはそう言い返す。
「何で?」
必要ないだろう、とスザクは言外に告げる。
「知らないと生活水準をどのレベルにしなければいけないのかわからないだろう? それに、料理をするのは僕だし」
何があるのかわからなければメニューを考えることもできないではないか。
「お前、料理できるの?」
驚いたようにスザクが問いかけてくる。
「……できないのか?」
反射的にルルーシュはそう聞き返した。
「兄上はともかく、ナナリーも簡単なものは作れるぞ」
「なんで?」
ルルーシュの言葉にスザクは目を丸くする。だが、ルルーシュにしてみればどうしてスザクができないのか。その方が不思議だった。
ルルーシュが普通この年代の子供は料理ができないと知るのはそれからしばらくしてのことだった。
18.07.04 up