お隣のランペルージさん
05
ルルーシュは実は料理上手だった。
「……何であいつ、女じゃないんだろう」
その事実にスザクはそうため息をつく。
「あれだけうまい飯を作れるのに」
今まで食べたことがないような料理だったと言うこともあるのかもしれない。だが、枢木の料理担当と遜色ないのではないか。
「女だったら嫁にもらえたのに」
ゲンブからそんな話も出ていた。もっとも、相手は彼ではなくその妹のナナリーだ。同じ年ならばかまわないだろう。ゲンブはそうも言っていた。
だが、とスザクはため息をつく。
「ナナリーはなぁ……ブラコンだよな、うん」
前回はあれでも猫をかぶっていたらしい。あるいは険悪な空気を作らないよう、事前にルルーシュに言い聞かされていたのか。
だが、今日は違った。
スザクがルルーシュに声をかけようとするとナナリーが邪魔をしてくれる。
それでも無視して声をかけようとしても間に割って入ってくるのだ。
普通の相手ならば自分の身体能力で邪魔する相手を交わしてきた。だが、ナナリー相手では無理だった。どうしても彼女を交わしてルルーシュのそばに行けなかったのだ。
これは、本気でけんかをしても互角勝負になったかもしれない。そう思わせるだけのものがナナリーにはあった。
配膳の時にはもう一触即発だったと言っていい。そうならなかったのはオデュッセウスが割って入ってくれたからだ。
「ナナリーはマリアンヌさんそっくりだからね」
オデュッセウスが彼女を膝の上に拘束しながらそこう言ってその髪の毛をなでていた。
その光景は兄妹ならよくあることなのかもしれない。
ただ一つ引っかかったのはナナリーが似ているのが『父親』ではなく『母親』だと言うことだ。
「……お母さんって、もっとすごいの?」
思わずこう問いかけてしまった。
「お母様はお強いです」
「あの方はブリタニア最強の騎士のお一人だからね」
そうすれば、即座にこう言い返される。
「父上はそんな母上の強さに惹かれたとおっしゃっていたな」
料理が終わったのか。料理がのったワゴンを押しながらルルーシュが姿を見せる。
「そうだね。うちの親戚もマリアンヌさんに助けられたものが多くて……だから、父上があの方と結婚するのを認めたようなものだよ」
その言葉は嘘ではないのだろう。だが、それ以外も別の理由がありそうだと思う。
「本当に……ナナリーはもう少しおとなしくしないと。学校で困るぞ」
普通の子供は今まで遊んできた騎士見習いの子供と違って自営の方法を知らないのだから、とルルーシュは続ける。
「なら、学校には行きません。ここでオデュッセウス兄様と過ごします」
即座にナナリーはそう言い返している。
「父上と母さんとの約束を破る気か?」
テーブルに料理を並べながらルルーシュはため息をつく。
「そうだね。私はあれこれと調べるのが仕事だけど、君たちは学校に行くのがマリアンヌさんとの約束だね」
さらにオデュッセウスもルルーシュの言葉に同意をする。
「それに、兄上のことなら心配いらないよ。二・三日中に咲世子さんが来てくれるはずだから」
メールが届いていた、とさらりと口にした。
「篠崎女史か。彼女なら確かに安心できるね」
何度か顔を合わせたことがあるが、とオデュッセウスもうなずいている。
「本当に咲世子さんですか? 他の方ではないのですか?」
しかし、ナナリーだけが表情をこわばらせていた。
「お前を捕まえられて、なおかつ兄上のフォローを完璧にできる人間と言えば他にいないからな」
あきらめろ、と言いながらルルーシュは自分の席であろういすに座る。
「それよりも料理が冷める。温かいものは温かいうちに食べるべきだろう?」
そう続ける彼にナナリーも渋々といすに座る。それがスザクから一番遠い場所だったのは食事中にけんかをしないようにと言うことだろうか。
「温かい料理なんて久々だよ」
さらにすべての空気をぶちこわすかのようにオデュッセウスがこんなセリフを口にしている。
「兄上はお忙しいですから」
自分のつたない料理が口に合うかどうか不安ですが、とルルーシュは続けた。
「君が持ってきてくれる焼き菓子は大好きだよ」
だからこれら料理もおいしいに決まっている。オデュッセウスはそう言うとフォークに手を伸ばした。
「では、いただこうか」
彼がにっこりと笑っただけで周囲の空気が変わっていく。そんなことができる人間がいるのかと逆にスザクが驚いたほどだ。
「はい。いただきます」
ナナリーが両手を合わせるとこう口にする。
「いただきます」
ルルーシュも、だ。スザクもつられたようにそう告げる。
「なるほど。それは日本の食事の時の挨拶だったんだね。マリアンヌ様がされていたが、いったいどこで身につけられたのかと思っていたよ」
三人の仕草を見てオデュッセウスがそうつぶやく。そのまま彼はスプーンでスープをすくう。
「これはおいしいね」
そして口にした後うれしそうにほほえんだ。
「お口に合ったようで何よりです」
それにルルーシュもはにかんだような笑みを返す。本当にその姿だけを見ていれば美少女としか思えないのに、とスザクは思う。それなのに、どうして男なんだろう、と心の中だけで付け加えた。
ルルーシュが女の子なら嫁にほしいと思う人間は多いだろうに。
こぼれ落ちそうになったため息をごまかすために肉へとフォークを刺す。事前に切ってあったおかげでそのままかぶりつくことができた。
「うまっ!」
何時も食べている塩こしょうとニンニク、それに醤油で味付けられたものとは違う。それでもおいしいと思えるのは事実だ。
「それは良かった」
どうやら彼は誰かが自分の手料理を喜んで食べることに幸せを感じるようだ。
そんな彼が嫁に来てくれればいいのに。もう何度目になるかもわからないセリフをスザクは飲み込んだ。
「お兄様」
ナナリーが皿を拭きながら声をかけてくる。
「なんだい、ナナリー」
皿を洗う手を止めずにルルーシュは聞き返す。
「枢木スザクには気をつけてくださいね」
彼女の口から出たのは予想外のセリフだ。
「……ナナリー?」
何を気をつければいいのか。言外にそう聞き返す。
「わからないならいいです。ユフィ姉様とマリー姉様に相談します」
なぜその二人なのか。
「オデュッセウス兄上じゃダメなのか?」
一番近くにいるのに頼られなければすねるぞ、とは言わない。
「こういうことはお姉様方が適任なのです」
ナナリーは断言する。
「そ、そうなのか?」
ここまで力強く言われてはルルーシュには反論できない。きっとこれはオデュッセウスでも同じだろう。
「あまり二人を振り回さないようにな」
そう言うしかできないルルーシュだった。
18.08.05 up