お隣のランペルージさん
06
「ルルーシュ、と……ナナリー。学校に行こうぜ」
朝食が終わったところで、タイミングを合わせたかのようにスザクの声が聞こえてくる。しかし、だ。登校するにはまだ三十分以上あった。
「……洗い物をしてない……」
何よりも、転校生がこんなに早く行っても仕方がないだろう。ルルーシュは言外にそう告げる。
「洗い物の時間ぐらい待っててやるよ」
スザクはそう言って笑う。
「それに、ここいらの連中は皆、この時間には学校に行ってるぜ」
校庭は開放されているから、思い切り遊べるし。スザクはそう続けた。
「それはわかるが、まだ、家事をしてくれる人が来ていないからな」
兄上にはさせられない、と言外に続けた。
「なんで?」
スザクが目を丸くしながら問いかけてくる。
「兄上は家事をしたことがない。する必要もなかったからな」
それが普通なのだ。ただ、自分たちは母親の教育方針で一通り学んだが、と付け加えた。
「そういうことだから、うちの中が壊滅にならなうようにするには僕が家事をするのが一番いい」
効率的にも、とルルーシュは続ける。
「……最初から連れてくれば良かったじゃん」
「ブリタニア人のメイドをか? それでは周囲にいらぬ軋轢を生むぞ」
買い物に行った先で何を言われるかわからない。言葉だけならばともかく、品物を売ってもらえない可能性だってあるだろう。そういえばスザクはようやくその事実に気がついたらしい。
「……通販って手もあるけどな」
「自分の目で確かめなければいろいろと怖いからな」
ピンポイントに毒を仕込まれる可能性もある。ルルーシュはさりげなくそう言った。
「毒って!」
「うちの利権を欲しいものは多い。兄上は長男だから、余計にな」
自分たちが死ねば利権が手に入るのではないか。そう考えているバカがいると言うことだ。そう続ける。
「……怖いな、ブリタニア」
スザクが小声でつぶやいた。
「日本だって150年ぐらい前まではそうだったんじゃないのか?」
開国するまでは、とルルーシュは言う。あの姫だって、間違いなくお家騒動の結果、厄介払いのようにブリタニアに嫁がされたのではないか。ルルーシュはそう考えているのだ。
「……まぁ、そういうこともあったかな」
俺にはわからないけど、とスザクは言い返してくる。
「日本の歴史は千年を超えているんだろう? そんな国ですら暗殺が身近ではなくなって150年じゃないか」
ブリタニアはまだ建国から200年だ、とルルーシュは言い返す。
「……それって屁理屈っていわね?」
「屁理屈も立派な理屈だろう?」
そう言い返す間にもルルーシュは朝食で使ったお皿を洗い終わっていた。もともと三人分だ。丁寧に洗ってもさほど時間がかからない。
「兄上。冷蔵庫にお昼の分のサンドイッチが入っています。ポットにはコーヒーと紅茶が用意してありますので」
それが終わったところでリビングにいるオデュッセウスにそう声をかける。
「あぁ。すまないね、ルルーシュ」
即座に言葉が返ってきた。
「おきになさらず。兄上には他に優先することがおありなだけですし」
咲世子さんが来てくれれば、自分の負担は減るから。そう続けた。
「咲世子さん?」
「そうだよ。皇の姫の輿入れの時に日本から着いてきてくれた人たちの子孫。国籍は日本だから、日本人でいいのかな?」
ブリタニア生まれだけど、年の半分は日本で暮らしていたそうだ。
「今は日本の本家に顔を出していいるから、こちらに来てくれる日がずれたんだよ」
引っ越しの日に来てくれる予定だったが、あちらの法事と重なったらしい。
「法事なら仕方がないのか」
「やはり日本だとそういう認識なんだな」
手を拭きながらルルーシュはうなずいてみせる。
「ナナリー。学校に行く準備は終わっているよね?」
階段から二階へと声をかければ、すぐに足音が響いてきた。
「はい、お兄様。ちゃんとできています」
顔を見せると同時に満面の笑みを向けてくる彼女はやはりかわいい。
「……何で朝からその人がいるのですか?」
だが、その表情のスザクの顔を見るまでだった。
「僕たちを迎えに来てくれたんだよ。学校への道はまだ不案内だからな」
気を遣ってくれたのだろう、とルルーシュは言い返す。
「お兄様はちゃんと調べておいででしょう?」
必要ないだろう、とナナリーはスザクをにらみつけながら口にした。
「そんなお馬鹿さんはお兄様のそばに立つ権利はありませんわ」
さらに言葉を重ねる。
「ナナリー」
「お兄様を『嫁にほしい』とおっしゃるお馬鹿さんには当然の態度ですわ」
お兄様にふさわしいのはお母様のように強くて美しい女性だ。そういう相手ならば自分だけではなく他のもの達も認めるに決まっている。ナナリーはそう主張した。
「俺だって、将来有望って言われてるぞ」
「どこが! お世辞でしょう?」
「ひどいな。これでも剣道では中学生にも勝てる!」
「そんなこと、自慢にもなりません。せめて軍の方に勝ってから言ってください」
いきなり始まったこれは何なのか。そう思わずにいられない。
「ルルーシュ、ナナリー。学校に私は同行しなくていいのかな?」
そこにオデュッセウスが顔を見せた。どうやら『転校先には保護者が挨拶をする』と言う情報を見つけたらしい。
「……これはどういう状況なのかな?」
だが、それも目の前の光景のせいですべて吹き飛んだようだ。
「僕にもよくわかりません」
こう言ってルルーシュは肩をすくめる。
「それよりも遅刻しないといいのですが」
そう付け加えた彼の脇で二人の口論はさらに激しさを増していった。
18.08.20 up