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お隣のランペルージさん

08


 二時間目と三時間目の間の休憩は少し長めらしい。壁に貼られている時間割を見ながらルルーシュがその事実を確認したときだ。
「こら! 廊下は走るんじゃない!」
 ドアの向こうからこんな声が響いてくる。しかし、それに対する答えは聞こえてこない。
「ルルーシュ!」
「お兄様」
 ドアを壊さんばかりの勢いで開けて飛び込んできたのは、ナナリーとスザクだった。しかも、ご丁寧に二人とも前後に別れてである。
 それはともかく、とルルーシュはため息をつく。
「二人とも、先生に注意されたのではないのか?」
 タイミング的に先ほど怒られていたのはこの二人だろう。そう判断をして問いかける。
「少しでも早くお兄様のお顔を見たかったのです」
 ナナリーは間髪入れずにそう言ってきた。
「ルルーシュがいじめられてたら父さんに連絡しないといけないから」
 スザクはスザクでこう口にする。
「せっかく戻ってきた皇の血筋の人間をいじめられては枢木の沽券に関わるから」
 その言葉、どこまで意味がわかっているのだろうか。ただ覚えた難しい言葉を口にしたかっただけだろうと言いかけてやめる。
「……皇の血縁?」
「マジ?」
「枢木が保護?」
 そんな会話が耳に届いたからだ。
 もっとも、そんなこと全く気にしなかった人間が一人いた。
「スザク、アンタねぇ」
 ルルーシュの前に座っているカレンがそうである。
「最低限のルールは守れって、藤堂先生にも言われているでしょ!」
 そう言いながら彼女はスザクの襟首をつかむ。
「バカレン! 放せ!」
 彼女の手から逃れようとスザクは暴れるが体格差のせいかできないらしい。
 この時期は女性の方が先に成長するから仕方がないのだろうが、とルルーシュは目をすがめる。彼女はマリアンヌやコーネリアと同じ人種なのかもしれない、と心の中でつぶやく。そうでなければこれだけ体格差があってもスザクを押さえ込めるはずがない。
「放すわけないでしょう! 勝手に上級生の教室に入ってこない」
「ルルーシュの様子を確認しないと、俺が父さんに怒られるんだって」
「……ゲンブさんに?」
 さすがにこの一言は予想外だったのか。カレンの手から力が抜けた。その瞬間を見逃すことなく、スザクは彼女の手を振り払う。
「嘘じゃないからな。ルルーシュ達は父さんにとっても重要な存在なんだってさ」
 ルルーシュのお父さんはもちろん、お母さんを怒らせるととっても怖いことになるって行ってた。彼はそう続ける。
 父に関しては国交という点では間違いない。今のところかろうじて均衡を保っている二国の関係が一気に悪化するくらいの親ばかなのだ。
 母に関しては物理だろうな、とため息をつく。
「父さんが抑えてくれるとは思うが……母さんが本気になればゲンブさんの髪の毛は壊滅するだろうな」
 母さんにむしられて、とルルーシュは口にした。
「私、枢木神社の建物は好きなのですが……お母様にお願いしたら残してくださるでしょうか」
 ナナリーはナナリーで真顔でそう告げる。
「大丈夫だよ。母さんはナナリーのお願いならちゃんと耳を貸してくださる」
 建物は残るだろう。それ以外はわからないけど、とルルーシュは微笑んで見せた。
「……何、そのすごい人……よく結婚できたわね」
 カレンが微妙な表情で言葉を綴る。
「母さんは軍人だからな」
「お父様が事件に巻き込まれて危なくなったところをお母様がお助けしたそうです」
「それで父上が母さんに一目惚れしたらしい。男女が逆ならすてきな話なのにと、身内の女性陣は何時もため息をついている」
 年齢差のこともあって、とルルーシュはため息をつく。
「さすがに父上をお姫様だっこする母さんの姿は──写真とは言え見たくなかった」
 騎士の腕力はバカにならないと本気で思った、と心の中でつぶやく。
「……そう……後半がなければいい話よね」
 最近は強い女性もはやりだから、とカレンは少しだけ遠いまなざしで告げた。
「だからというわけじゃないだろうが、身内一同『彼女だけは怒らせるな』が合い言葉だ」
 母と彼女の部下達を馬鹿にした敵軍は骨も残らなかったという噂があるくらいだし、と続けながらルルーシュは『己の母ながらとんでもない人間だな』と改めて認識する。
「もっとも、味方と認識すれば優しいぞ」
「そうですわね。ですから部下の方にも慕われいます」
 ナナリーがそう言って胸を張って見せた。
「ともかく、だ。母さんだってそこまで事を荒立てたくはないはずだ。それでも、限度があるけどな」
 擦り傷ぐらいなら両親共何も言わないだろう。だが、それも度重なれば兄から話が行くに決まっている。
 そこから後はどうなっても責任はとれない。ルルーシュはきっぱりとそう言いきった。
「その覚悟があるから他人をいじめるのでは?」
 自分がすることには責任がつきまとう。子供で責任を果たせないというのであれば保護者が肩代わりすべきだろう。少なくとも自分はそう教わってきた。ルルーシュはそう主張しておく。
「だよな」
 スザクが大きくうなずいてみせる。
「それを全く守っていない人間が何を言っているのよ」
 あきれたようにカレンがつぶやく。
「それよりも教室に戻ったら。もうじき休み時間、終わるわよ」
 あんた達がルルーシュにまとわりついていたらルルーシュの立場が悪くなるんじゃない、とカレンが言う。
「それはダメですわ」
 慌てたようにナナリーが立ち上がる。
「ルルーシュ、迎えに来るからな! 勝手に帰るなよ」
 スザクはスザクでこう言う。そのまま二人は競争するように教室を出て行った。
「……六年生の方が終わるのは遅いんだけど」
 あいつわかっているの、とカレンがその背中に向かってつぶやく。
「ナナリーもわかっていないだろうな」
 授業の邪魔だけはしなければいいが、とルルーシュもうなずいた。
「あれの面倒を見るのは大変よ?」
「……放牧するか」
「やめて。せめて責任者に渡して」
 カレンのその叫びに被さるようにチャイムが鳴り響いた。

 とりあえず、彼女とは普通に話ができるようになったことは幸いなのだろう。ルルーシュはそう判断をしていた。



18.09.10 up
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