お隣のランペルージさん
09
予想通りと言っていいのか。五時間目が終わったところでスザクとナナリーが突撃してきた。もちろん、六年生はまだ授業がある。その事実に二人がどのような反応を見せたのか、ルルーシュは思い出したくもない。
「……どうしてお兄様と同じクラスになれなかったのでしょうか」
帰り道の間、ナナリーはそう言って頬を膨らませている。
「ナナリーが僕の妹だからだろう」
あれは年齢で分けているのだから仕方がない。日本の学校では飛び級もないようだし、とルルーシュは続けた。
「飛び級なんてしたらいじめられるからな」
脇で話を聞いていたスザクがそう言ってくる。
「だから、そう言う子供は国が金を出して外国の学校に行かせるんだってさ」
その方が視野が広くなるから、とゲンブが言っていた。彼はそう続ける。
「……なぜ、そんな面倒なことを?」
「東京ならばともかく、ここや京都だと異質なものをいやがる年寄りが多いからだって桐原のじいさんが言っていた」
ルルーシュの問いにスザクはこう説明した。
「よくわかりません」
ナナリーがため息とともにつぶやく。
「それでは現状維持が精一杯でしょうに」
「爺婆どもにとってみれば『それがいい』んだってさ」
それをあおっている人間がいるのではないか。ルルーシュはそう推測する。
「そのせいで苦労している人間も多いんだけどな」
たとえばカレンの家族とか、とスザクが付け加えた。それにルルーシュは少し引っかかりを覚える。
「なぜだ?」
「あいつんとこのおばさん、結婚しないでカレンとカレンの兄さんを産んだんだよ。まずはそれがダメなんだって」
一人ならばともかく二人だし、とスザクが続けた。
「まぁ、おばさんにも理由があるから、おばさんの事情を知っている人間はあまりあれこれ言わないけどな」
それでも口さがない人間はどこにでもいるから、と言われてルルーシュだけではなくナナリーもうなずく。それに関しては二人もよく身にしみているのだ。
「一番問題なのは、二人の父親がブリタニア人だってことなんだろうって、おばさんが言っていた」
「ブリタニア人?」
「そう。おばさんも外国に留学した一人だから。そこで出会ったみたいなんだよな」
で、帰ってきたときにはカレンの兄が彼女の腕の中にいたと。その後しばらくは一人で彼を育てていたのだが、カレンが生まれる一年ぐらい前から彼女の元にブリタニア人の男性が訪れるようになったそうだ。それがカレン達の父親だろう。
「おばちゃん達がそう言っているから間違いないと思うぞ」
身近なことに関しては彼女たちが一番めざといから、と言われてルルーシュはうなずく。
「どんなお方なのでしょう」
ある意味不誠実とも言える行動をとっている相手に嫌悪感が生じているのだろう。ナナリーが眉根を寄せながらそうつぶやく。
「名門じゃなくて成り上がりじゃないかって言うのが叔母さんの推測。それについては俺は知らない方がいいだろうからあえて聞いてない」
カレンとはいいけんか友達でいたいから、とスザクは笑った。
「そうだな。それがいいだろう」
彼女にしてもそういう人間は必要だろうし、とルルーシュは思う。
「ナナリーとお前、それにカレンの三つどもえにならなければ、僕は何も言わない」
さらに彼はそう続けた。
「それって、どういう意味?」
真っ先にスザクが突っ込んでくる。
「僕じゃ止められないって意味だよ」
身体能力では太刀打ちできないから。そういえば彼らは納得をしたようだった。
「ただいま帰りました」
この言葉とともに玄関のドアを開ける。その瞬間、上がりかまちのところに座って本を読んでいるオデュッセウスの姿が飛び込んできた。
「……兄上?」
なぜここに、とルルーシュは問いかける。
「咲世子さんが来てね。私は掃除の邪魔だそうだ」
その理屈はわかる。確かに掃除をしているときにそばでうろうろされるとうっとうしい。
それはわかるのだが、とルルーシュは首をかしげた。
「掃除をする必要がないようにしてから出かけましたよね、僕」
なのに、なぜ、今、咲世子が掃除をしているのだろうか。自分の掃除ではまだまだ不十分だったのか、とつぶやく。
「……オデュッセウスお兄様?」
何をされたのですか、とナナリーが彼に問いかけた。
「ゆで卵の作り方を見つけたのでね。やってみようかと」
そのくらいであればマリアンヌでもできる。もっとも、半熟なのか固ゆでなのか、それはその時々でなければわからないが。ついでに、よく鍋が焦げ付く。それと同じことをしたのかもしれない。
「兄上は鍋のある場所をご存じでしたか?」
そう考えながらルルーシュは言葉を口にした。
「鍋は使っていないよ。コンロも使い方がわからないから手を出していないし」
「では、何を使ってゆで卵を作るおつもりだったのですか?」
「ゆで卵は電子レンジでも作れるのだろう?」
ルルーシュの言葉にオデュッセウスは当然のように言葉を返してくる。
「……咲世子さんが掃除をするはずです」
状況がわかったのか。ナナリーがそうつぶやいている。
「電子レンジも新しいものを購入してきた方が良さそうだね」
ルルーシュはそう言ってため息をつく。
「父上も、以前、同じことをなさって侍女長に怒られていたし……」
そう言う思考パターンは貴族なら当たり前なのか、とルルーシュは首をかしげる。
「ご安心ください。そんなことはございません」
どうやら掃除を終わらせたらしい咲世子がきれいな立ち姿で声をかけてきた。
「お茶の支度ができております。ルルーシュ様とナナリー様はまず鞄を置いて手を洗ってきてくださいませ。オデュッセウス様はご自由にどうぞ」
この言葉に咲世子の怒りが見え隠れしているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「兄上。今度基本的な料理をお教えしましょうか?」
ゆで卵を使ったサラダぐらいならば大丈夫だろう。そう思いながらルルーシュは問いかける。
「そうだね。お願いしようかな」
即座にオデュッセウスが言葉を返してきた。
こちらのインパクトが強すぎたのか。ルルーシュの脳裏ではカレンに関する情報が完全に隅に追いやられてしまった。
それが後日ちょっとした厄介事に繋がるとは思ってもいなかった。
18.09.20 up