お隣のランペルージさん
11
「ごめん……それ、不本意だけどうちの父親」
ルルーシュから話を聞いたカレンが苦虫をかみつぶしたような表情でそう言ってくる。
「でも、まさかルルーシュの所に行くなんて思ってもいなかった」
彼女はそう続けた。
「お前やナオトさんに拒否られてるからだろ」
そう言ってきたのはスザクだ。どうやら彼はカレンの遺伝子上の父親が誰か知っていたらしい。
「だって、今まで放置していたくせに、あちらに子供ができないとわかった瞬間『引き取りたい』と言ってくるような身勝手な男なのよ?」
受け入れるわけないでしょう、とカレンは床に拳をたたきつける。
「生活費はおろか養育費さえ送ってこなかったのに。そのために母さんがどれだけ苦労したと思ってるの?」
その間、自分は新しい嫁とラブラブしていたかどうかは知らないけど、少なくともいい暮らしをしていたはずだ。カレンはそう続ける。
「全部自分の都合だけじゃない! あたし達の気持ちはどうでもいいわけ?」
むしろ、慰謝料をもらって絶縁したい。カレンはそう言いきった。
「お兄様……」
「なんだい、ナナリー」
「何か方法はありませんの?」
このままではカレンとご家族がかわいそうだ。彼女はそう言いながらルルーシュの顔を見上げてくる。
「ないわけではないが……その辺りは兄上に相談してみるけど……最悪、母さんのつてをたどって本国で裁判を起こすという手段もある」
本当に認知もされておらず、養育費をもらっていないのであれば十分に絶縁に持ち込めるはずだ。
問題は、と視線をナナリーからカレンへと戻す。
「カレンのご家族がどう考えているか、だよ。本当の意味で絶縁してもかまわないと思っているのかどうか。
「だから、カレンだけの言葉では実際に動いていいものかどうかわからない。調べてはおくけど、ね」
とりあえず『シュタットフェルト』が現在、どのような状況に置かれているかは、とルルーシュは付け加える。
自分に対する先ほどの言動を告げれば父が即座に調べ上げてくれるはずだ。もっとも、父には『報復は自分でするから』と言い含めておかなければいけないだろうが。
「絶縁でいいわよ、あんなやつ」
「それでもだよ。君一人の感情で突っ走ってはダメだ。ちゃんとご家族と話し合わないと、後で困ることになる」
特に母君との関係で、とルルーシュは言葉を返す。
「母君は君たちを運でもいいと思う程度には父親に情を抱いていたのではないかな? それを整理する時間を与えずに強引に事を進めては後々禍根が残ると思う」
感情を整理するためにも話し合いは必要だろう、とさらに言葉を重ねた。
これにはちゃんと理由がある。
「でないと、うちの母のように爆発するぞ」
父が母の軍での仕事についてくちばしを挟んだ。それだけならばよかったのだが、その結果、危なく戦線が崩壊しかねなかったのだとか。
その話を聞いたとき、ルルーシュですら『父上が悪い』と即断したほどである。
「……あの時はすごかったですね」
ナナリーもそれを思い出したのか、小さく震えていた。
「カレンの母君がうちの母のような人外ではないと思うが……それでも罵詈雑言を向けられるのはつらいと思うぞ」
その言葉に何か思うことがあったのだろう。
「……わかったわ。とりあえず兄さんに相談してから母さんに伝えてみる」
カレンがあっさりと手のひらを返した。
「それがいいだろうな」
どのような事情にしろ、納得してくれたならそれでいい。ルルーシュはそう判断した。
家に戻ると同時にナナリーがオデュッセウスに今日あったことを報告した。その中にはもちろん、シュタットフェルトの当主がルルーシュに声をかけたことも含まれている。
「シュタットフェルト? 聞き覚えがないね」
どうやら彼もその家名には聞き覚えがなかったらしい。首をひねりながらそう口にする。
「でも、子供に声をかけるとは……しかも問われるまで名乗らなかったのだろう? あまりいい存在ではないね」
確認させよう、とあっさりと彼は言い切った。
「よろしいのですか?」
オデュッセウスが『確認させる』とすれば、本国の彼の後見だろう。しかし、彼らは自分たちの存在を快く思っていなかったのではないか。言外にそう問いかける。
「もちろんだよ。伯父上にしても君たちを認めてはいる。ただ、彼がそれを態度に出せば他のものが騒がしくなるからね」
あっさりと彼はそう言う。
「私か他の誰かが皇位に着けばそれもなくなるよ」
連中が怖がっているのは、自分たちの影響力が及ばない君たちが皇位に着くことだから……と教えてくれた。
「……皇位なんて、面倒なだけです」
そんなに欲しいものなのか、とルルーシュは真顔でつぶやく。
「欲しいものらしいよ。皇位にさえ就ければ何でもできると思っているのだろうね」
「その代わり面倒な義務が生じます」
「たしかにね。でも、それが理解できているのはきょうだい達の中でも半分もいないよ」
困ったことにね、とオデュッセウスは苦笑を浮かべた。うすうす感じていたことが事実だったのか、とルルーシュはあきれてしまう。
「本当に、君たちが理解していることを理解できずに『自分の方が優秀だ』と言えるのかな。それを知らしめるために陛下は今回のことを計画されたのだろう」
今頃、他のきょうだい達はどうしているのだろうか。ふっとそんなことを考える。シュナイゼルとコーネリアに関しては心配していないが、三番目の異母兄が暴走していないか、少し不安だ。
「ただ、私の場合は『知識だけではダメだ』とおっしゃりたかったのだろうね」
そんなことを考えていれば、オデュッセウスのこんな言葉が耳に届く。
「この半月あまりで私自身が『何も知らなかった』と言うことをいやと言うほど自覚したよ」
「兄上は傅かれる立場でいらっしゃいましたから」
「それでもね。やはり実践してわかることも多いよ」
料理一つにとっても、と彼は微笑む。
「こんな私でもコーヒーとトーストぐらいは自分で作れるようになったしね」
そう言う点ではよかった、と言われてルルーシュはほっとする。
「と言うことだから、私が多少、伯父上達にお願いしてもかまわないんだよ。君たちはかわいい弟妹だしね」
いてくれて助かっているし、とオデュッセウスは言う。
「わかりました。お手数をおかけしますが、お願いします」
ここまで言われては断る方が失礼だろう。そう考えてルルーシュはそう告げる。
「御礼は焼き菓子でよろしいでしょうか」
「君のお手製なら喜ぶと思うよ。自慢したら伯父上も興味を持たれたようでね」
「わかりました。ついでに父上へ届けていただきましょう」
彼の株があがるだろうから、とルルーシュは心の中で付け加えた。
「確かに。そろそろ陛下も補充が必要だろうし」
マリアンヌがいるから無茶はしないと思うが、とつぶやいているオデュッセウスが何を考えているのか。ルルーシュにもすぐにわかった。
「父上の分はナナリーにも手伝わせましょう」
クッキーの生地をこねるぐらいならば大丈夫なはずだ。咲世子もいるし、と思いたいルルーシュだった。
18.10.20 up