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お隣のランペルージさん

12


 シュタットフェルトの本妻はどこぞの男爵家の娘らしい。要するに困窮した貴族が成り上がりの財力を当てにするために娘を押しつけたということだ。
 それに関してはブリタニアではよくあることだと言っていい。
 ここで問題なのは、その本妻が子供を産めない体だったと言うことだ。
 本妻側の思惑としては、養子として親族の子供を押しつける予定だったのだろう。そうすれば何の苦労もなくシュタットフェルトの財力だけではなく人脈も手にすることができる。
 しかし、本人がそれをいやがった。
 理由は簡単。
 カレンとその兄がいたからである。
 自分が築いた財産は自分の遺伝子を受け継いだ子供にこそ渡したい。そう考えるのも当然だろう。
 だが、それを本妻が面白く思うはずがない。
「……二人の命が狙われているというのでしょうか」
 ルルーシュがオデュッセウスにそう問いかける。
「そこまで考えているかどうかはわからないがね。なんとかして遠ざけようとしているのは事実だよ」
 ただ、と彼は続けた。
「このままシュタットフェルト氏が二人に固執していてはどうなるか、わからないね」
 自分たちの周囲を見ていれば簡単に想像ができるだろう、と彼は深いため息とともにはき出す。
「そうですね。それでも、父上や兄上方がかばってくださるから、僕たちはマシな方でしょう」
 悪意は向けられても危険な目に遭ったことはないから、とルルーシュは言い返す。
「弟妹を守るのは兄として当然だからね。もっとも、こちらの手を振り払うような相手はどうすることもできないのだけど」
 自分自身にも限界があるし、と彼は続ける。
「それが陛下の望みでもあるからね」
 だから、自分たちはこれでいいのだ。そう言われてルルーシュは首を縦に振って見せた。
「問題は紅月嬢の方だよ。さて……どう説明をするべきかな」
 このまま放置しておけば最悪命の危険がある。しかし、そう言っても日本で暮らしてきた彼女に理解できるだろうか。
「本人は縁切りをしたいようですが」
「それならばいくらでも方法はあるかな」
 縁を切らせるだけの理由もある。たとえ裁判になったとしてもこちらの息がかかった弁護士を派遣すればいいだけのこと。オデュッセウスはさらりとこう告げる。
「と言うより、すでに立候補している人間がいてね」
 もし訴訟になったら自分にやらせてほしいと言っているものがいるらしい。
「……ですが、そのときは夫人が手を回しますよね? 下手な相手では経歴に傷がつくだけでは?」
 貴族が手を出せば司法もそちらに主張を受け入れるのではないか。そう思ってルルーシュは聞き返す。
「伯爵家の人間だから大丈夫だろう」
「どなたですか、その物好きは」
「シュナイゼルのそばにいるカノンくんだよ」
 彼は法律について学んでいるから、と言われて納得する。
「あの人なら安心ですね」
 もっとも、それは最後の手段にとっておくべきだろう。
「では、明日辺りカレンに話をしてみます」
 まずは本人達の覚悟を確認しなければいけない。それからどのレベルで対処するかを決めればいいだろう。
「……やっぱり君はマリアンヌ様の子供だね」
 段取りを考えているルルーシュに向かってオデュッセウスがしみじみとした声音でそう言ってきた。

 とりあえずブリタニアでの状況がわかった。カレンにそう告げた日の放課後、話し合いの場には彼女だけではなく彼女の兄であるナオトも姿を見せた。
「と言うのが、兄の知り合いに頼んで調べてもらった状況です」
 そう言いながらルルーシュは預かってきた書類を二人に手渡す。
「……君のお兄さんって何者かな?」
 ぱらぱらと紙をめくりながらナオトが問いかけてくる。
「兄の母君のつてだそうです。うちの母のつてだともっと大がかりになるので」
 オデュッセウスの母が身内の不祥事を調べるために依頼した相手だと聞いている。ルルーシュはそう続けた。
「兄の母君の親戚は十年ほど前にあった事件で犯人側に味方をした人間だそうですから」
 家を守るためには切り離す必要があったのだ、とルルーシュは付け加えた。 「確か《血の紋章事件》だったかな? 大公による大がかりなクーデター計画だと記憶しているけど」
「はい。その結果、あの方は心労で倒れられたそうです。うちの母が父と出会ったのはその後だそうですね」
 母の部下が入院していたので見舞いに行ったときだ、とルルーシュは続ける。もっとも、そのときは父をはじめとするもの達を助けた礼を言われただけだったとも聞いている。ルルーシュは続けた。そのときに兄の母に会い、ついでとばかりに切り捨てる方法を伝えたらしい。
「その後、母はあの方を気に入られてね。何度か話をしていた。私もそのときにあの方に親しくしていただいてね……恥ずかしながら初恋はあの方だよ」
 その話は初めて聞いた、とルルーシュは目を丸くする。
「母さんは知っているのですか?」
「身内以上の気持ちは抱くことはないとしっかりと断られたからねぇ」
 だから、ある意味黒歴史ではあるが割り切れているのだ……とオデュッセウスは苦笑を浮かべた。
「しかも、私は焦っていたせいか、それを母の目の前でやってしまってね。そのときのあの方の反応を母が気に入って、父に『嫁にしなさい』と言ったとか」
 自分が反乱者の血族である以上、どこから何を言われるかわからない。だから離れた方がいい。しかし、父は立場上妻が必要だ。どこの誰ともしれない相手よりは彼女がいい。そう言って微笑んだとオデュッセウスは口にした。
「そのおかげでかわいい弟妹がそばにいてくれるから、初恋が破れてよかったのだろうね」
 何よりも厄介な親戚を切ることができたし、と彼は締めくくる。
「そう言うことですので、これに関しては裁判でも通用します」
 オデュッセウスの告白については後で姉達に確認してみよう。そう思いながらルルーシュはナオトに告げる。
「弁護士にも当てがあるよ。親戚の知人なのだが、スキップして資格を取った人物でね……しかも伯爵家の血縁だ」
 奥方の方から圧力をかけようにも身分が上だから不可能だよ、とオデュッセウスが続けた。
「もっとも、決めるのは君たちだが」
 自分たちができるのはあくまでも手助けだけだ、と彼はナオト達を見つめる。
「日本の法律では父親と絶縁できないんだが……」
「相手はあちらの法律を盾にしてくるのでしょう? なら、同じ土俵で戦うだけですよ」  それは間違っていないのではないか、とルルーシュは告げた。
「そうね。ルルーシュ達の言うことももっともだわ」
 今まで黙って聞いていたカレンが口を開く。
「あの男が父親だとは思えないし、どんな手段でもこちらに関わってほしくない。少なくともあたしはそう思っている」
 だから、と彼女はナオトを見上げた。
「わかった……でも、費用は……」
「気にしなくてかまわないよ。いずれ返してくれればいい」
 ルルーシュの友人を信じているから、とオデュッセウスは鷹揚に告げる。
「桐原公と枢木氏も君たちの人柄は保証してくれると言っておられたからね」
 だから、そちらに関しては心配していない。オデュッセウスはさらに言葉を重ねた。それが彼らの決意を後押ししたのだろうか。
「では、お願いします」
 ナオトの言葉を合図に二人は頭を下げる。それにオデュッセウスはしっかりとうなずいて見せた。



18.10.20 up
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