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お隣のランペルージさん

48


 当日まであと四日、と言うところでシャルルがやってきた。さすがに護衛をつけないわけにはいかなかったのだろう。それでも気を遣ったのか、ノネット一人だけを連れてきた。
「ルルーシュ! ナナリー!! 久しぶりだのう」
 そう言って彼は両手を広げる。
 いったいどういう意味だろうか。
 ルルーシュは思わず首をかしげた。しかし、ナナリーはためらうことなく彼の腕の中に飛び込んでいく。
「お父様、お久しぶりです!」
 そう言いながら抱きつくナナリーをシャルルは軽々と抱き上げた。
「本当に久しいのぉ。父は寂しかったぞ」
 そのまま頬をすりすりとすり寄せる。
「お父様、おひげがいたいです!」
 ナナリーはそう言って抗議をするが、あえてシャルルを止めようとはしない。もうこれはコミュニケーションの一環だと言ってもいいだろう。
 しかし、それを目を丸くしながら見ている人物がいた。
「……兄上。あれがアリエスでの父上の平常運転です」
 ため息交じりにルルーシュはそう告げる。
「そう、なのかい?」
 シャルルから視線を放さないままオデュッセウスが問いかけてきた。
「はい。母さんが気にしないので、もう誰も注意もしませんね」
 だから、何時もあんな感じだ。ルルーシュは続ける。
「さすがに他の皇妃方の所ではあそこまでやっていないそうですが……マリーの所は膝に乗せる程度はしているそうです」
 ユフィの所は母君が厳しいからどうかはわからないが、アリエスではナナリーとシャルルの膝を争っている。そう付け加えた。
「なるほど」
 陛下はそう言う方だったのだね、とオデュッセウスがつぶやくように口にする。
「私ももう少し甘えれば良かったのかな?」
 この年になれば難しいものがあるが、と彼は続けた。
「たわいのない相談でも喜んでもらえるかと」
 今回のように改善策を出してくれる可能性は高い。ルルーシュはそう告げる。逆に重大なことであればオデュッセウスの判断能力を見ている可能性もあるだろうが。
「あぁ、そうだね。とりあえず婚約者のことでも話してみよう」
 おそらく、今回のことが終わればそのような話も出てくるだろうから。オデュッセウスはそう言ってうなずく。
 そのときだ。
「オデュッセウスにルルーシュ。お前達も来るが良い」
 シャルルがそう命じる。本当に子の父はタイミングがいいのか悪いのかわからない。しかし、命じられた以上行かないわけにはいかないだろう。
「今行きます」
 ルルーシュはそう答えるとまっすぐにシャルルの元へ向かった。

「しかし、陛下……思い切られましたね」
 さすがに髪は切ってしまえば元の長さまで戻るのにどれだけ時間がかかるかわからない。しかし、髭は剃っても一月もあれば元に戻るだろう。
 何よりも髭とロールケーキがくっついていないだけなのに随分と若く見える。
「おひげのないお父様はかっこいいです」
 ナナリーにそう言われてシャルルはうれしそうだ。
「確かに。お若く見えます」
 オデュッセウスはこう口にした。
「そうか?」
 その言葉にシャルルはまんざらでもないらしい。うれしそうな表情で聞き返してくる。
「確かに、何時もより若く見えますね」
 何時もそうしていればいいのに、とルルーシュがつぶやいた。しかし、幸か不幸か、それはシャルルの耳には届かなかったらしい。
「そうか、そうか」
 うれしそうに何度もうなずいている。どうやらそれが目当てで髭を剃ったらしい。
「……ノネット」
 そうなのか、とオデュッセウスは視線で問いかける。
「年齢だけはどうもなりませんから」
 ルルーシュ達の父親としては少々年が行きすぎていることが彼には木に掛かっていたらしい。
「……仕方がないことだろうに」
 こればかりはシャルルがいかに皇帝であろうとどうすることもできない問題だ。気にするくらいならば子供を作らなければいいのに、と思う。
 しかし、皇帝だからこそ難しいのではないか。
「まぁ、一種の見栄でしょうね」
 ノネットはきっぱりと言い切る。
「身分を明かさずにルルーシュ様達の父親だと言えば周囲からどう思われるか。それを考えてのことでしょう」
「そうか。私とルルーシュ達の年齢差は知られているから気にしないと思うが」
「それでもです」
 マリアンヌ様は笑っていたが、と彼女は付け加えた。
「そろそろ夕食の準備をしてきます」
 シャルルと話していたルルーシュが時計を見てそう告げる。
「おぉ。ルルーシュの手料理か」
「咲世子さんにも手伝ってもらうので、僕だけではありませんよ」
 太陽宮で食べているような豪華なものは期待しないで欲しい。そう彼は続けた。
「かまわぬ」
 楽しみだな、とナナリーへと声をかけている。
「はい、お父様。お兄様の作ってくださるご飯はとてもおいしいです」
 それにナナリーが笑顔で言葉を返す。
「そうか、そうか」
 楽しみよのぉとつぶやくシャルルにルルーシュが苦笑を浮かべる。そのまま彼はキッチンへと姿を消した。

 今日は総合演習という名の六年生の劇を他の学年が見る日である。と言っても、ルルーシュ達からすればリハーサルなのだ。
 一日予備日があるのは今日失敗したところを見直すためである。
「俺たちの劇のすごさを見てろよ!」
 隣のクラスの人間がこう言ってきた。それにクラスメート達がむっとした表情を作る。
「何を言っているのやら。そっちこそこっちのすごさを認めなさいよ!」
 カレンに至ってはしっかりと抗議をしていた。ルルーシュはそれを傍観している。と言うより、今の姿を見られたくないから皆の後ろに隠れていると言った方が正しいのかもしれない。
「それはこっちのセリフだ!」
 本当に仲が悪いんだな、とルルーシュは目の前の騒ぎを見て心の中だけでつぶやく。同時に、これは収拾つくのかと悩む。
「お前達、いい加減にしなさい!」
 もっとも、その心配はいらなかった。時間通りに行動しない児童が気になったらしい教師が割って入ったからだ。
「くだらない諍いはやめろ。どちらがすごいか、劇で決めればいいだろう」
 さらに彼はこう続ける。
「それもそうか」
「見てろよ! 絶対に認めさせてやる!」
 行くぞ、と隣のクラスの男子が言うと他のメンバーもぞろぞろと移動していく。
「……大丈夫なのかな?」
 彼らの姿が見えなくなったところで誰かがそう口にする。
「大丈夫。あれだけ練習したんだから」
 他の一人がそう言葉を返した。
「脚本だってしっかりしているし……家のクラスには秘密兵器があるでしょう?」
 女子がそう言う。
「あぁ、そうだったな。あれだけはまねできない」
 別の男子がにやりと笑いながらうなずく。
「それに、いくら内容が面白くても制限時間を超過しては意味がないでしょう?」
 その点、自分達は大丈夫。カレンがそう言いきる。
「まぁ、脚本がいいからね」
 ルルーシュもそう言ってうなずく。
「あちらは時間内に収まるかな?」
 楽しみだ、と付け加える彼にクラスメート達は同時にうなずいて見せた。

 結果として、二組の劇はさんざんな出来だったと言っていい。もっとも、本人達だけは最高のできだったと自画自賛しているが。
「時間を二時間近く超過って……」
「俺たちの時間がなくなったじゃないか」
 クラスメート達の間から呆れたような声が上がる。
「どうするんだろうね」
 やるのかやらないのか。やらないなら自分達のリハーサルはどうなるのか。そんなことを口々につぶやいている。
 そこに先生が姿を現す。
「皆、静かに」
 手を叩きながら彼は口を開いた。
「二組の劇が伸びたので、うちのクラスの劇は午後からにする。二組には劇の時間を短くするようきつく注意をすることになったしな」
 時間を短くするように、と先生はため息をつく。
「そうでなければ時間できっちり区切ると教頭先生からきつく言われるそうだ」
 当然だろう、とルルーシュは思う。いくら面白い脚本であっても演じる方の演技力が伴わなければ意味がないのだ。
 ルルーシュの目から見ても彼らはそれが伴っていない。
「どちらにしろ、一日二日ではどうにもならないでしょうね」
 どこを削るかで文句が出るだろう。話し合いが終わらないのではないか。
「そのあたりは担任がなんとかするだろうよ」
 あれを放置していたんだから、と口にするうちの担任の態度からそもそも仲が良くないんだな、とルルーシュは判断する。
「じゃ、一度教室に戻ってですね」
 それよりも、と思いながらルルーシュは問いかけた。
「あぁ。給食を食べて掃除をしてからだ」
「……先生、それじゃ衣装を脱がないと……」
「男子はいいけど、女子はドレスを着る時間と場所が問題だわ」
 意外と着るのが面倒なのよ、と言われて女子がうなずいている。
「……そのあたりは教頭先生と相談してくる。出来るだけ汚すなよ?」
 借り物だからな、と担任は言う。
 いざとなれば胸の所に紙ナプキンを広げておけば給食はなんとかなるだろう。そうなれば問題は掃除だけだ。彼はそう続ける。
「は〜い」
 全員が声をそろえて返事をした。



20.03.30 up
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