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お隣のランペルージさん

49


「ナナリーよ。父にルルーシュがなんの役なのかを教えてくれぬか?」
「ダメです。当日まで内緒です!」
 お父様、しつこいです! とシャルルがナナリーに怒られている。
「あの陛下がねぇ」
 苦笑とともにノネットがそうつぶやいた。
「父上がしくこく聞いているからでしょうね。五分に一回は同じ質問をしていればナナリーに嫌われてしまいますよ」
 オデュッセウスが苦笑とともに言葉を口にした。
「だがのぉ」
「あさってまでの我慢です、お父様」
 自分はもっと我慢した、とナナリーが言い切る。
「お兄様は今日まで内緒にしてくれましたから」
 そう言いながらナナリーがさりげなくにらんできた。
「知らなかったから楽しめただろう?」
 ルルーシュはナナリーに向かってこう言い返す。
「知っていたらつまらなかったぞ」
 劇の筋は知っていたんだし、とそう続けた。他の皆はお話自体知らなかっただろうけど、と言えばナナリーはうなずく。
「だから、父上にも教えないように」
 驚いて欲しいから、とルルーシュは微笑む。
「そうですわね。絶対に驚きます!」
 だから内緒ですね、と彼女はうなずく。
「ルルーシュよ、それは卑怯ではないか?」
 儂は父であり皇帝だぞ、とシャルルは騒ぐ。しかし、ここではそれを気にする人間は誰もいない。そもそもその約束で来ることを許可したのだ。
「ナナリー、お茶にしよう。兄上もご一緒に」
「そうだね。エニアグラム卿もどうだい?」
「おつきあいさせていただきます」
 四人がそう言ってうなずき合えば、タイミング良く咲世子がワゴンにお茶のセットを乗せてやってくる。
「儂の話を聞かんかぁ!」
 お前達、とシャルルは騒ぐ。
「ここはブリタニアではありません。父上も約束は覚えていらっしゃいますよね?」
 ルルーシュがこういった瞬間、シャルルは言葉に詰まったようだ。つまり、彼はしっかりと覚えていると言うことだろう。
「あまりに騒がれるようなら母さんに連絡します」
 さらにこう付け加えれば彼は撃沈した。そんな彼を横目にお茶の支度をしていく。
「父上、お茶をどうぞ」
 とりあえず声をかければ彼はさりげなく歩み寄ってくる。そして、ルルーシュが差し出したカップを受け取った。

 今日一日だけのこととはいえ、あの視線は鬱陶しい。そう思っていたところにまた騒動の種が押しかけてきた。
「ルルーシュ、昨日のあれ、何!」
 ドアを開けるなりこう言ってくる。
「その話はそこまでだ!」
 慌ててルルーシュはそう注意をした。しかし、だ。相手は空気を読むことが出来ないスザクである。
「なんで?」
 訳がわからない、と言うように聞き返してきた。
「ルルーシュよぉ! なぜ、そこの童が知っていて我には教えられぬのだぁ?」
 その理由を口にする前にシャルルの大声が響いてくる。
「誰?」
「父上だよ。昨日から来ている。劇を見たいんだって」
 だから内緒、とルルーシュは微笑んだ。空気は読めないが察しがいいスザクにはそれだけでなぜダメなのか理解できたらしい。
「そうか。じゃ、ここからはお口チャック、と」
 スザクが言葉とともに自分の口の前でバツを作った。
「ルルーシュよ。そやつは誰だ?」
「ナナリーの同級生でご近所さん。枢木首相の息子さんだよ」
「枢木スザクです」
 マリアンヌにたたき込まれた礼儀は身についているらしい。スザクはそう言うと頭を下げる。
「シャルル・ランペルージである」
 とりあえずそれだけでやめてくれたことにルルーシュはほっとした。『ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアである』と宣言されたらまずいことになると心配していたのだ。
「と言うことは、そやつも劇を見たのか?」
 ルルーシュの役はなんだった、とシャルルはたたみかける。それにスザクは首を振って答えない。
「そこまでにしておいてください。でないとマリアンヌ様に報告をしないといけませんが?」
 シャルルの背後からそんなセリフが飛んでくる。
「……エニアグラム……」
「むしろ話してしまってもいいと思うが?」
 さらにオデュッセウスもこう告げた。
「オデュッセウス……」
 シャルルが呆然としているだけではない。マリアンヌの名前を聞いたスザクが身をこわばらせている。
「父上はともかく、スザクは今回、母さんに怒られることはしてないだろう?」
 そう言われてスザクはうなずく。
「……つまり、儂か?」
「えぇ、そうです。いい加減、だだをこねるのはやめていただきたい。見苦しいと言われますよ?」
 マリアンヌ様に、と告げるノネットは強い。相手がシャルルであろうとかまわないのだ。だからこそビスマルクが護衛につけたのだろうが。
「見苦しい……」
 予想外のセリフを投げつけられたからか。シャルルは呆然としている。
「スザク、上がっていけ。お茶ぐらいなら出してやるから」
 この間に、と思ってスザクに声をかけた。
「うん!」
 即座にうなずくと彼はルルーシュのそばに駆け寄ってくる。
「今日はパウンドケーキしかないぞ」
「それで十分!」
 そう言いながらリビングへと向かう二人とは裏腹にシャルルは呆然とその場に突っ立っていた。

「……儂が一番偉いのに……」
 そうつぶやくシャルルはある意味、よく見慣れた光景だと言える。
「マリアンヌ様に逆らえるようになってから言ってください」
 ノネットの一言がさらに追い打ちをかけていた、とオデュッセウスが笑って教えてくれた。それに対する感想をあえて口に出さないルルーシュとナナリーだった。

「……なぜ、お前が隠していたか。十分理解できた」
 文化祭が終わって帰宅した瞬間、シャルルがそう言ってくる。
「あれほどマリアンヌに似ているとはなぁ……」
 しみじみとした口調で付け加えた。
「今はまだ良いが、いずれ変なもの達に目をつけられよう」
 今ですら危ないものを、と彼はため息をつく。
「父上……何を考えておいでです?」
 いやな予感を感じつつオデュッセウスが問いかける。
「おぬしも十分に下々の暮らしを理解できたであろう? ならばそろそろ戻っても良いかと思ってな」
 その口調にそれだけではないと気づいたのは、彼とともに過ごす時間が長かったからだろう。
「本当にそれだけですか?」
 オデュッセウスが疑うように問いかけた。
「もちろんだ」
 そう言うシャルルの視線が泳いでいる。
「嘘ですね」
 ルルーシュが目を眇めながら言い切った。
「それだけならば今すぐに戻らなくても良いと思いますが?」
 むしろ卒業までいた方が周囲には怪しまれない。最初の予定でも一年と言っていたではないか。そう続ける。
「しかし、変なものに目をつけられてはお前達では太刀打ちできまい」
「スザクがいるから大丈夫です」
 カレンもいるし、と続ければナナリーも「カレンさんはお強いです」とうなずいた。
「家では咲世子さんもいます。皇の影もついていてくれますから、心配はいらないと判断しますが?」
 間違っていますか、とルルーシュは問いかける。
「しかしのぉ……集団で来られたらどうするつもりだ?」
 シャルルはまだぐちぐちと文句を言ってきた。
「……お父様」
 不意にナナリーが口を開く。
「ひょっとして寂しくなられたのですか?」
 そう告げた瞬間、シャルルの耳が赤くなった。どうやら図星だったようだ。
「……つまり、何時ものわがままが出た、と言うことですか?」
 自分が寂しくなったから僕たちを呼び戻して会えるようにすると、とルルーシュは口にする。
「ルルーシュ様は本当にマリアンヌ様に似ておいでだ」
 苦笑交じりの声が背後から聞こえてきた。
「ノネット?」
 いったいいつの間に、と慌てて振り向く。だが、考えてみれば彼女は一流の騎士だ。自分に気配を悟らせない程度のことは朝飯前なのだろう。
「今の言い方、マリアンヌ様にそっくりですよ」
 笑いながら彼女はそう指摘する。
「それはうれしいな」
 シャルルに似ていると言われるよりもうれしい。そう続ければ目の前で彼が肩を落とすのが見えた。
「本当に陛下に厳しいですよね」
 苦笑とともにノネットが言う。
「ナナリーだってそうだと思うが?」
 あの子もマリアンヌのまねをして良くシャルルに厳しい言葉を投げかけている、とルルーシュは首をかしげる。
「確かにそうだね」
 オデュッセウスがうなずいた。
「君たちはよく似ているよ」
 そう言われてナナリーがうれしそうに微笑む。
「お母様とお兄様に似ていると言われるのはうれしいです」
 二人とも素敵な人だから、とナナリーに言われてルルーシュの方が恥ずかしくなる。
「確かにマリアンヌ様にはあこがれますけどね」
 と言うより、軍にいて彼女にあこがれない人間はいない。もっとも、その性格は微妙だろうが。ノネットはそういった瞬間、ため息をついた。
「しかし、それとこれとは別問題です。仮にも父君でしょう?」
 もう少し優しくされてもいいのではないですか、とノネットは言外に告げてくる。
「だからといって、僕らにせっかく出来た友人と別れの言葉もなく帰国しろというのは違うのではないか?」
 ルルーシュの反論にノネットは口をつぐんだ。彼女としてもシャルルの言葉に無理があると判断したのだろう。
「儂は皇帝だぞ!」
 そこにシャルルが口を挟んでくる。
「戻らなければお前達への援助は打ち切りだ!」 「だから、せめて冬休みに入るまで待ってくださいと言っているんです!」
 それが妥協できる範囲だ、とルルーシュは言い返した。



20.04.08 up
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