何で、俺が魔王の花嫁?

011



「エレーヌ。君はこの中にいる方で誰が好きだい?」
 本当にこの兄は何で俺の意見を聞こうとするのだろう。
「ここにいる方々はお前の部屋にも押しかけていっていないしね。そういった点で気遣いできると判断したのだよ」
 やはりこの兄は人をふるいにしやがった。心の中だけでも言葉遣いが悪くなるのは、今日までにあったあれこれのせいだ。
「……おにいさま……いちゅうのかたがいらっしゃらないからといって、わたしにせんたくけんをあたえないでください。みなさまにうらまれるのはわたしです」
 俺の身の安全を守るための騎士の手配などの余計な手配をさせられた人たちに謝れ、と心の中だけで付け加える。
「でも、私の出した条件を満たすには、君の判断も必要なんだよ?」
 優しげな声音でとんでもない主張をしてくる兄に本気であきれた。同時に、この『俺のため』と言いつつ自分の主張を押しつけてくるこの言動が誰かに似ているような気がしてならない。
 しかし、それはいったい誰だっただろう。すぐに思い出せないのがもどかしい。
 もっとも、今はそれどころではないというのも事実だ。
「どうしてもとおっしゃるなら、わたしはじぶんのことよりもこくみんのことをかんがえてくれるひとがいいです」
 その中にその条件に合っている方はいるのか。言外にそう問いかける。それにユベールはすぐに答えを返してこない。
「エレーヌ。母上がお呼びだよ」
 まるでそのタイミングを待っていたかのように別の声が割り込んでくる。
「アンリにいさま」
 その声に無意識のうちにほほえんでいた。
「その後で私と踊ろうね」
「はい」
 ダンスのリードはきょうだい達の中で彼が一番上手だ。だから、自分も相手の足を踏まずにすんでいる。同時に、ダンスは優雅に見えてかなり激しい運動でもあると認識させられたのも彼と踊ったときだ。
「私とは?」
 それが面白くなかったのか。ユベール兄様がこう問いかけてくる。
「おにいさまはきょう、おどられるかたがたくさんいらっしゃいます」
 婚約者候補とちゃんと踊ってこい。それが義務だろう。
「アンリにいさま。おかあさまのところにいきたいです」
 もう疲れた、と付け加えながらこうねだった。今の年齢ならばそれも許されるはずだという計算もある。
「そうだね。もう少しすれば君は下がる時間だし、いいんじゃないかな?」
 では行こうか、お姫様。そう言いながら彼は手を差し出してくれる。その仕草がとても洗練されていて見ほれるほどだ。
「はい、アンリにいさま」
 その手を取れば、三番目の兄はとてもとてもいい笑顔を作る。
「では、兄上。お嬢さん方とじっくりとお話をしてください。兄上がどの方を選ぶか、楽しみに拝見させていただきます」
 きれいな礼とともに彼は俺を促すと歩き出す。そんな自分たちの背中を苦々しげに見つめている視線に、当然俺は気づいていた。

 いったい何を考えているのだろう。小さな背中を見送りながらそう思う。
 王族の中で序列は絶対ではなかったのか。それなのに、兄であるユベールの言葉に正面から反論するなど許されることはないはずなのに、と怒りを抑えられない。
 もちろん、相手がまだ幼い少女だと言うことはわかっている。
 お披露目されてからまだ一年と経っていないという事実もだ。
 それでも──いや、それだからこそ逆にユベールの好意に甘えているようで許せない。
 だから、一度思い知らせてやらなければいけないのではないか。
 いっそ、そのままこの世界から消えてしまえばいいのに。
 そうすれば彼も周囲にいるもの達の存在に目を向けてくれるはずだ。
 だが、そうするためには誰を使うのがいいのだろうか。
 ほほえみを浮かべながらそんなことを考えていた。もっとも、それはユベールの姿を見た瞬間、心の奥にしまい込まれた。だが、決して消えたわけではない。
 おそらく機会は今晩だけだろう。
 そう考えた瞬間、あることを思いつく。それならば誰も自分を疑わずに他のもの達を排除できるかもしれない。
 そうなれば、ユベールは自分を選んでくれるはずだ。
 そんなことを考えていたせいか。口元に刻まれた笑みはさらに深くなっていった。

 そして、その晩、騒ぎが起きた。

 何かいやな気配がする。そう感じて俺は目を覚ます。だが、最低限の明かりしかともされていないからか。周囲を確認することはできない。
「姫様?」
 どうかされましたか、と口にしながらモーブが近づいてくる。だが、ベッドから少し離れたところでその動きが止まった。
「姫様……決して動かれませぬよう」
 低い声で彼女はそう告げる。それはこの気配と関係があるのだろうか。そう思いながらも俺は視線だけで彼女に了承の意を伝える。それはしっかりと彼女に伝わったのだろう。ふわりとほほえむと同時に指先を振るった。
 次の瞬間、冷気がほほをかすめる。
 一瞬遅れて何かが暴れる音がした。
 反射的に視線を向ければ、そこにはベッドを囲む天蓋の柱に氷の刃で縫い止められた蛇の姿があった。しかも、俺の記憶に間違いがないのであれば、この国には生存していないはずの魔物である。
「……むえいしょう?」
 それよりも気になったのはモーブが無詠唱で凍り魔法を使ったことだ。
「すごいですわ、モーブ」
「このくらいは当然です。でも、お褒めいただけてうれしいですわ」
 そう言いながら彼女は歩み寄ってくる。そして、そのまま手を伸ばして蛇の頭のすぐしたをつかむ。これならば暴れてもかまれることはない。
「ともかく、これを衛兵に渡してきます。それに、他のお部屋にいないかどうかも確認した方がいいでしょうね」
 言葉とともに彼女はきびすを返すとドアへと向かった。そして、その外にいるであろう護衛の兵士に声をかける。
 今の自分の姿が外から見られない程度にドアを開けると、彼女は手にしていたそれを手渡したようだ。同時に何かを話しているが、おそらくは城中の様子を確認するように依頼したのだろう。
 本来であれば越権行為とも言われても仕方がないそれも、彼女が渡した蛇がある以上当然のことだと判断されたのか。どこかに駆けていく足音だけが耳に届いた。
「これでだいじょうぶですわ」
 ドアを閉めるとモーブがそう言っていつもの笑みを浮かべる。
「モーブ」
「何でしょう?」
「あのまものは、どうやってこのへやにはいったのでしょう。ここはみながちゃんとかくにんしてくれていますのに」
 それも隅々まで。彼女たち侍女の視線を逃れることはないと言っていい。
 だが、あの蛇は間違いなくここにいた。
 そこから導き出される答えに俺は頭を抱えたくなる。自分はいったい誰にどんな理由で恨まれたのだろうか。思い当たるものがないから困る。
「……今日のお役目は誰だったでしょうか。確認しておきますわ」
 眉根を寄せるとモーブはそう告げた。
「その間、ベッドの周囲に結界を張っておきます。決してそこから出られませんよう」
 その前に他に危険がないかを確認させていただきます。言葉とともに彼女はベッドへと触れた。次の瞬間、淡い光がそこから天蓋へと走る。
「大丈夫です。では、姫様……陛下のもとへ行って参りますね」
 そういう彼女に俺は小さくうなずいて見せた。
 俺の仕草を確認してから彼女は部屋を出て行く。どうやら先ほどの光が探査と結界の二重の魔法だったらしい。
 魔法って本当に便利だな、と心の中だけでつぶやく。
「つかえるようになればべんりでしょうか」
 ゲームで魔術師や魔法剣士を選ぶ程度には好きなんだよね、魔法。やっぱり、あこがれだろう。
「あとでモーブにきいてみましょう」
 そう言うと同時に眠気が襲ってくる。こういうときは子供の体は不便だな。そう思いながら再びベッドに横になる。
「けっかもきかなければ」
 本当に面倒くさい。それもこれもユベール兄様のせいだ。そんなことを考えながら目を閉じた。


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